第3話
ガチャ。
僕が部屋に入ってきた音は聞こえたはずなのに、振り向きもしない。
「あのー、初めまして」
近くへ行くと、長く手入れをされていなさそうなボサボサの後ろ髪だった。でもきれいな銀色だ。
本を読んで熱中しているからか、僕の声が届かない。
「君がロナだね? 初めまして。僕の名前はエリック。よろしくね」
前にまわって声をかける。すると、長さが揃っておらず乱雑な前髪。前髪の真ん中部分にいたっては口元まで伸びており、随分適当な切られ方をしている。その髪の間から、ふわついた銀色のまつ毛と青い澄んだ瞳が見える。
「……よろしく」
ようやく気付いてくれたが、なんだか態度が悪い。
ロナが読んでいた本を後ろから覗き込むと、何も書かれていなかったページに「エリックは」の文字が滲み出てきた。
「エリックは……『しつこい』?」
おい、もう嫌な印象を持たれているじゃないか。先が思いやられる。
というか今、文字を書いたんじゃなく滲み出てきていたよな。何が起きているんだ?
「説明聞いてない? 私、記憶が本に浮かんでくるの」
「書いてるのでもなく、印刷してるのでもなく、浮かんできてるだって?」
「そう。浮かんでくる」
浮かんでくる……浮かんでくる……そんなことある?
ないだろ。そんなの作り話だ。超能力じゃないか。でも。
「文字、滲み出てきてなかった?」
「『にじみでる』って何?」
「涙が出てくる感じって言ったら伝わる? あとはジュースをこぼして滲むとか」
「初めて聞いた。『にじみでる』は涙とかジュースね」
新たに「にじみでる」と文字が浮かび上がってきた。滲み出ているのか浮かんできているのかよく分からなくなってきた。
それに「浮かんでくる」って自分の意志で浮かばせているわけではないのか。他人事なんだな。
それに年齢の割には幼くて覚えている言葉が少ない。説明されてないことだらけだが、そこだけは違っているような。怪しいことだらけだが、資金繰りのためだ。
初日から思いやられるが、しばらくは頑張ることにした。
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