Ep.Ⅳ 対空演習

東エイメル大陸上空 第三航空優勢管区 対空演習空域


対抗演習 A/B TWO TEAM

A 1 Su-30SM2 “HASTAL” R-73×4 R-77EM×6 R-37M×2 30mm×150 SWORD×1

B 6 MiG-35 “FIREFLY” “FOXHOUND” “FIXER” “FINALE” “FIN” “FLASH”

R-77×6 R-73×2 30mm×150 SWORD×1 DROPTANK×1


高度下限 1200m

勝利条件:敵部隊の全機撃墜判定

演習時間:40分


━━━━━━━━━━━━━━━┫



眼下の敵をレーダーで捉えた俺は、かつてエスペランサ達に戦闘姫としてのあり方を教え込んだあの時間を思い返していた


「戦場が個人で動くことは決して無く、自らを軍という戦闘兵器の一歯車に過ぎない事を自覚し、他の歯車と噛み合いその任を全うする」


「だから私の支援が必要だったと?」


「来てくれたか、モス」


その声を認め、データリンクへの接続を受け入れると、HMD上の情報がアップデートされる


「AWACS KJ-200 モス コネクティング友軍情報連携開始


「先制でR-37を使う。中間誘導はそちらに任せる」


「任せなさい。給料分の支援はするわ」


「そんなこと言って、結局最後まで付き合ってくれんだろ?」


「ぶち犯すわよ」


「へへ、さーせ」


俺はモスとの他愛無い……ない?会話を続けつつも、拡張されたレーダーの捜索領域に映る6つの影を目指し、エンジンを吹かす

KJ-200と呼ばれた彼女は、先の哨戒飛行を支援してくれたメンステイよりも長い付き合いで、素っ気ない態度とは裏腹に隠すことなくその性欲をぶつけてくる、新しいベクトルで頭のおかしい戦闘姫だ


「中間誘導の準備よし。撃っていいわよ」


「りょ。ハスタル PSKA RAKATEミサイル発射ディフェンス回避機動はせずこのまま突っ込むから、ECM電子戦頼むぞ」


弾き出された様に加速し、大きくロフト機動をして目標へと誘導されるR-37M長距離ミサイルを見届けたのち、俺は接近戦の準備をしてエンジンのスロットルを120%まで引き上げる


「なに、接近戦でもやるつもり?」


「せっかくの対戦闘姫戦だぞ。楽しむ他ないだろ?」


俺はHMDに写し出さされたいくつかの六芒星を凝視しつつ、射程いっぱいにまで引きつけてR-77EMを放つ

これは今まで使っていたR-77に二段階先にある射程延伸型で、高G機動が苦手になった代わりに、射程が向こうが使うR-77の2倍を超える

こいつとR-37Mという77ME以上の長距離かつ使い捨てのミサイルで先制を取る


「Bチームが回避機動を始めた」


「”敵”でいい。孤立した奴はいるか?」


「5°右の方向に、上昇回避したのがひとつ。追う?」


「罠だろうな。後方に回避してるのは?」


「11°左、降下加速でケツ向けてるわよ」


レーダーと視線の向きから、明示された目標に対してレーダーをロック

高空優速を保ったまま攻撃進路を取り、遠方で漂うエネルギーの残滓を見つめる

R-37Mは加速と巡行エネルギー、そして弾頭から放たれるエネルギーの出力にステを大きく振っているため、機動性は低い

77MEも、サステナーが切れた後の、運動エネルギー自体が乏しい有効射程ギリギリでは大きな偏差の修正が出来ない

しかしそれでも単純な機動では被弾する。だからこそ、先手を打たれた方は回避機動に徹し、両機はそれを援護しなければならない

だが今回は全機にミサイルが飛来している。相手が回避軌道に忙殺されている今、こちらの有利な状況に持ち込める


「モスからハスタルへ。R-37M一発が命中判定、FIXER撃墜」


「は?あの牽制で撃墜判定?」


「R-77MEあたりと勘違いして雑なビーム回避機動だけだったから。仮にもマッハ6の超長距離ミサイルよ。バカやらかしたわね」


「思った以上に弱いかもしれないな、こいつら」


「とは言ってもそろそろ反撃に移ってくるわよ。回避の準備」


「あんだけ激しく回避した上に電子戦支援もないMiGが撃ってくるR-77なんか勘定に入れなくていい位に飛ばない」


俺は最も距離の近いMiGを目標に定め、アフターバーナー全開でヘッドオンの姿勢を取る

目視で確認できるほどの距離になった瞬間、左腕のセイバーを起動

真正面から突っ込んでくるR-77を確認した瞬間、エンジン出力を絞りエアブレーキを展開、機を大きく細やかに翻し、レーザーの合間を縫う

手持ちの武器は一振りのセイバーと150発の機関砲弾、そしてレーザーのエネルギーが放つ残滓で使い物にならないR-73が4本


この一直線で加速し切ったMiGは一気に距離を詰め、セイバーを展開し30mmの銃口を向けている


「バカが今の時代にヘッドオンなんざやるかよッ!」


相手が引き金に指をかけた瞬間、俺は大きくピッチアップ、迎角の制限を解除し、急上昇からのクルビットで相手の30mmと機関砲弾を回避

反転した視界の中に映った敵姫の背中に向け、30mmの徹甲焼夷弾を浴びせると、データリンクを通して2機目、FOXHOUNDに撃墜判定が下された……まあ演習弾なので、空砲のマズルフラッシュはあれど発射はされないので、少々迫力に欠けた


「残4姫、固まって向かってくるわよ」


「接近戦に持ち込めばむしろ有利だ」


エンジンを再びアフターバーナーまで吹かし、4姫と24発のR-77に正対する

先ほど以上の密度を持ったレーザーの弾幕が身体を掠めるも、それは計算の内。反撃の77MEを全弾発射し、混乱する空域の中でR-73も全弾叩き込む


「連携が甘い!」


回避機動のうちに進路を合わせた一姫に向けてセイバーを向け、30mmで進路を絞り込みセイバーを振るう

上昇するMiGと下降するSuのエネルギー差は歴然で、鍔迫り合いになりつつもMiGは一気に押し返される


「相手を間違えたなFIREFLY!接近戦なら勝てるとでも思ったか!小型機風情が!」


「こっの……っ!」


アーモリーの出力に任せMiGのセイバーを弾き飛ばし、体勢を崩している一瞬に距離を取って降下加速、蹴りを叩き込み雲中に叩き落とす

隙を突いて背後から迫る2姫のMiGは二手に分かれ、前後から挟み撃ちの形を作った


「はぁぁぁあッ!」


「背中を取ったなら声を出すな馬鹿がッ!」


正面から機関砲を放ち意識を引くMiGにはR-77を放って後は無視し、後方からセイバーを構えて突っ込んでくるMiGを目標に捉え、振り向きざまにそのセイバーを打ち払い、両手首に破損判定を与え、そのか細い首を鷲掴みにする


「かはっ!」


抵抗しようとするも両手は破損判定で動くことも叶わず、必死に繰り出された蹴りも両足ごと叩き斬ると、判定上は撃墜されていないものの、達磨となったそのMiGを勢いつけて背後に投げつける

先ほど放置したMiGは咄嗟に迫ってきた仲間をキャッチ、こちらへの注意が一瞬疎かになる

その瞬間、俺は最大出力で接近し、咄嗟に放たれた30mmを急機動で回避、R-77は曲がり切れずに明後日の方向へ追ってしまう


「2 in 1、FLASH FINに撃墜判定」


姉妹を抱き抱えたままセイバーに貫かれた2姫を一瞥し、エネルギーの切れた中距離ミサイルと残弾のない30mmをそのMiGに預け、代わりにMiGのエネルギーパックを拝借してセイバーを再び全開にする

軽くなった右手をぶらぶらと振るうと、雲上から急上昇した残りの2姫を認めた


「短距離ミサイル4発飛来!」


「問題ない!」


肩甲骨と二の腕の外側に装備されたフレアを撒き散らしつつ演習モードを解除、セイバーの出力を引き上げ、その濃淡の突いた光の刀身を振るい、交差際に全てのミサイルを叩き切る、

背後から追い縋った爆発音と閃光を背景に再び演習モードへと戻すと、セイバーの刀身は弱々しく短い光の柱となった


「あーあ、怒られるわよ?」


「いいさ、天引きされても貯金はある」


「そういう問題ではないと思うのだけれど……上方と後方から来る」


「直上か……!」


笑みを噛み締め、降りかかるレーザーを滑る様に回避すると、後方から迫るMiGへと向き直り、推力偏向ノズルと重心変化による奇怪な動きで懐に潜り込む

MiGのすかしたセイバーをその腕ごと叩き斬り、右の上腕にも破壊判定を加えると、動かなくなった右腕から30mmを拝借して用済みになったMiGを背後から突き刺した


「FINALE撃墜。残敵1、FIREFLY」


その瞬間、フィナーレの撃墜から間を置かず、ほぼホバリングしている様な状態の俺に対し、降下加速で空中分解寸前まで速度を増したファイアフライが襲いかかる

俺はフィナーレの背中を蹴り飛ばし、作用反作用の法則で加速と距離を取り、相対速度を落とし剣戟を回避する

速度差によってこちらを追い越したファイアフライに向け残ったR-73を全て叩き込むが、ばら撒かれたフレアにより回避され、一本は30mmで迎撃される


「かかったなぁッアホがッ!」


加速ブースターの噴煙と爆発の黒煙を真正面から突っ切り、ファイアフライまでの距離を急激に詰めると、全力で勢いをつけてセイバーを振るう

反撃のために後進のエネルギーを殺していたMiGは大きなエネルギー差で弾き飛ばされるが、致命打にはならずすぐに体勢を立て直した


「……小型軽量のMiG相手に接近戦を挑んで手玉に取る。あんたの技量は認める」


「推力偏向と重心の変化を活用した急機動、原則も恐れない曲芸飛行の応用。ミサイルの性能を熟知し、兵装を捨てる事も厭わない判断力」


「あんたは強い。だから、あんたの技は全部覚えさせてもらったよ」


その瞬間、MiGは30mmをパージし、両手でセイバーの柄を握る


「そうか」


俺はセイバーを今一度強く握りこむと、空になった増加燃料タンクを投棄した


「じゃ、お手並み拝見だな」


その言葉を皮切りに、俺とファイアフライは急加速、一直線に正対し、そのセイバーをぶつけ合う

回避と受け流し、合間を縫った攻撃と体技を活かした攻撃の間に、俺はファイアフライの確かな成長を感じる

まるで別人の様。むしろ俺の分身と戦っているような感覚すら覚える


「新型の分析成長コンピュータ!この短時間で俺の戦技をしたかッ!」


「使えるものはなんでも使う!扼災だろうが死人だろうが!過去の遺物でもなんでも使う!勝つ為に!」


鍔迫り合いを押し除け、俺は反発の加速を使い上昇しつつ距離を取り、最大出力で追い縋るファイアフライと剣戟を交わし、螺旋を描く

大空に跡を曳き、踊る様に躯体の動く。天地も関係なく、頭上に地面を捉えてセイバーを振い、推力の差をぶつけて押し返す

身を捩って剣戟を交わし、四肢をフルに活用する。現代空戦の時代には考えられない肉体の殴り合いが繰り広げられる


だがしかし、勝負には決着がある


蹴飛ばされた躯体を安定させ、互いに距離を取る

その場で最後のアフターバーナーを点火し、垂直に上昇を開始

円錐はやがて螺旋になり、横目に互いを捉える


先にエネルギーが切れたのは、ファイアフライ。MiG-35に装備された二基のクリーモフ RD-33エンジンは、当初の想定以上の過酷な空戦機動と最大推力の過剰使用によりついに焼き付き、強制的にエンジンが停止。推力を、速度を失った彼女はついに空中に静止する

俺は即座に推力偏向ノズルを最大仰角まで上げ、失速降下に移りつつあったファイアフライに切先を向ける


「━━━くそっ」


ファイアフライのセイバーを弾き飛ばし、ガラ空きとなった胴体を、ダークブルーの空には眩しいほど蒼い刀身が断ち切る


「ファイアフライ、撃墜。Bチーム全滅により、Aチームの勝利」


高度計を見れば、12780m。俺のエンジンも空気を失い、停止する

人影が二つ、成層圏の気流に流され、並ぶ様に落下する


「ファイアフライ!」


「……何」


「お前の姉達……エスペランサ達も、こうやって俺に負けた。お前は何も特別じゃない、フルクラムの血統……その最後に名を連ねた、ただの戦闘姫だ」


「………」


「だが、この俺にここまで追い縋った戦闘姫は初めてだったな」


速度を合わせて落下しつつ、俺は彼女の目を見る


「だが、まだ甘い。お前達は新鋭のアーモリーをもらったひよっこだ」


遠くに見える積乱雲の影から、切り裂く様に太陽光が差し込まれる


「ひよっこはひよっこらしく兄姉の後ろを着いてこい。戦場での戦い方も何もかも教えてやる。任せろ、妹の面倒を見るのは得意だからな」


にっと笑って、ファイアフライに片手を差し出す。彼女は少し躊躇い、だが何処かで納得した様な面持ちへと変わる

彼女は俺の手を握り返した。


「第9戦闘姫連隊へようこそ。着任を歓迎する、ファイアフライ」


「こんな私達を……受け入れてくれるんですか」


「当たり前だ。伊達に何年もあいつらの兄やってるわけじゃないからな」


「……私は……拒まれるのが怖かったんです。誰かに裏切られるのも、誰かの期待を裏切るのも」


「生産培養槽から出てきた時の、設計主任の期待外れの様な表情も、飛行試験の時の審査官の落胆した声も怖かったんです。いつ切り捨てられるかわからなくて……だからせめて、強くあろうと……誰とも関わらなければ、誰も関心を向けてこないから……」


「狭いコミュニティで、お互いに傷を舐め合って……現実と痛みから目を背けて、全てを拒絶すれば、私達は……私は、少なくとも……明日に恐怖も、絶望もする事はないから……」


伝う涙が風に飛ばされ、握る手が次第に力を失う

人は脆い。肉体的にも精神的にも。人を倣った贋作の戦闘姫でもそれは変わらない

……幼子には、愛が必要だった


「あっ……」


そっと手を引き抱きしめる。華奢な四肢、骨ばった躯体。それでも力強く振動する心臓が、人間の強さを誇らしげに示している

……模造品だろうと、贋作だろうと。まだ幼い者には、愛が必要だった

そのうち、彼女の弱く啜り泣く声が、胸の中に響いていた



━━━━耳朶を劈く警報音が、それを掻き消すまで

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