第29話029「想定を超えた結果」



——孤児院長:クロフォード・????


「何だ、これは⋯⋯」


 私は今、自室でマイルスから渡されたアナスタシアが教えている子供達の進捗資料を見ながら、マイルスの報告を受けているのだが、それはあまりにあったため私は絶句していた。


「クロ。信じられないだろうがこれが子供達の習熟度だ」

「⋯⋯驚異的だな」


 アナスタシアが「1ヶ月で子供達に文字と計算を教える」と啖呵を切ってから1ヶ月が経った。結果は想像以上のものだった。


 まず子供達全員が『文字と計算』をマスターしていた。


 は? 全員? 孤児院の子供は最年長でも9歳⋯⋯と10歳に満たない子供だぞ? しかも全員ということは一番下の5歳の子たちも文字と計算をマスターしたということになるのだが?


 貴族の子供でも文字だけマスターするのに早くて7歳くらいだぞ? それをこの子らは文字どころか計算もマスターしたなどと誰が信じよう。


 しかもで⋯⋯。


 ちょっと何言っているかわからない。


 そんな現実を目の当たりにして頭を抱えていると、


「追加情報だ。シエラとヴィラと5歳のミネアはすでに2桁以上の計算までできるぞ?」

「な、なん⋯⋯だとっ?! 2桁以上の計算⋯⋯! そんなの大人でもできる者は少ないぞ。一体どうやって⋯⋯」

「『筆算』という計算方法があってな。これで皆計算をしている。ちなみに俺もこの筆算を使えるようになったから2桁以上の計算ができるようになった」

「筆算? なんだそれは?」


 そういって、私はマイルスから筆算という計算方法を教わる。


「なるほど⋯⋯。これはすごいな。計算過程の理解にも良い」

「アナも同じことを言ってたよ。たしか『計算過程の可視化』とか何とか⋯⋯」

「計算過程の可視化⋯⋯か。なるほど、うまいことを言うな」



********************



「それにしても⋯⋯いまだに信じられん」

「ああ。俺もクロと同じ気持ちだよ。むしろ実際現場を見てた俺からしたら子供達の習得スピードははっきりいって異常だったよ」

「さもありなん。それにしても文字や数字の覚え方の『音読写経』という発想は面白いな」

「アナが言うには、ずっと残る記憶のことを『長期記憶』というらしいんだが、その長期記憶に定着しやすいやり方が『声を出しながら何度も手を使って書くこと』と言っていた」

「長期記憶⋯⋯そんなの聞いたこともないが、しかしアナスタシアはこの知識を軸に子供達に教え、そして結果を出したということか」

「そうだ。しかし長期記憶なんて本当にあるのか? 聞いたことがない」

「フン。それをいったらお前がさっき言ってた『筆算』もだろ?」

「たしかに。あ! あと『100マス計算』も『掛け算九九』もだ!」

「なんだ、それは?」


 ということで、マイルスから『100マス計算』と『掛け算九九』の内容を聞く。


「なるほど。『100マス計算』か。シンプルながら実に効率的な勉強法だ。『掛け算九九』においては暗記は単純シンプルながら汎用性が高いという優れものだな」

「ああ。実際俺も『掛け算九九』を覚えたらちょっとした計算はすぐに暗算できるようになったよ」

「さもありなん。しかし、これを10歳も満たない子供達が1ヶ月で身につけたのか。計算能力が高いのも必然だな」

「おいクロ。話はそう単純な話じゃないぞ? 何せそれを成し得たのがまともな教育を受けていない孤児院の子供達だぞ? しかも1ヶ月でだ!」

「ああ」

「正直、孤児院の子供達の学習レベルは下手すりゃ魔法学院の2年生程度はあると思うし、特に優秀なヴィラやシエラであれば3年生かそれ以上はあると思う。⋯⋯はっきり言って異常だよ」


 マイルスはその結果が嬉しいような脅威のような⋯⋯何とも言えない表情で言葉を紡ぐ。


「異常⋯⋯か。そうだな」

「そして、その異常の中心地は⋯⋯アナスタシアだ」

「ああ」

「何だ? 何なんだあの子は?! アナスタシアの知識はかなり異常だ! なんせこの世界に無い知識なんだからな。一体全体どういうことだよ⋯⋯」

「イセカイ⋯⋯か」

「何?」

「以前、お前が私に報告したろ?『イセカイ』というワードを⋯⋯」

「あ、ああ。それが?」

「アナスタシアに『預言の刻印板』の一節にある『こことは異とする世界から現れ⋯⋯』を聞かせたら、のように『異とする世界』を『異世界』と訳したんだ」

「え? それって⋯⋯」

「『こことは異なる世界』⋯⋯つまりアナスタシアの知識はお前の言う通りこの世界に無い知識⋯⋯異世界の知識⋯⋯『異世界の叡智』を持っているということだ」

「ま、まさか⋯⋯っ?!」

「最初から言ってただろう? アナスタシアは『預言の聖女』の可能性があると」

「い、いや、そりゃまあ⋯⋯」

「ただ、そうなると1つ⋯⋯まだ確認できていないものがある」

「確認できていないもの?」

「⋯⋯『神の御力みぢから』だよ」

「あ⋯⋯!」

「アナスタシアの知識⋯⋯『叡智』はこの世界のものでないことは間違いないだろう。しかし、アナスタシアに『神の御力』はまだ発現していない。故に、彼女が『預言の聖女』であるかどうかまだ確定はしていない。しかし⋯⋯」

「しかし?」

「仮に、彼女が『預言の聖女』でなかったとしても彼女自体の価値は計り知れない。少なくとも彼女が孤児院の子らに文字と計算を教えた学習方法⋯⋯あれだけでも教育分野では革新的な発明と言えるだろう」

「まったくだ。あのアナスタシアの学習方法はこの国の教育水準を大幅に引き上げるぞ」

「しかも⋯⋯私が思うに彼女はまだ『異世界の叡智』を持っていると思われる」

「なっ?! まさか⋯⋯!」

「これで、アナスタシアに『神の御力みぢから』が発現でもしたら、いよいよ彼女は『預言の聖女』としてその価値はこの国の王をも超えるぞ?」

「⋯⋯たしかに」

「マイルス、アナスタシアが他の貴族に見つからないよう気をつけろよ! 私は私で彼女を守れるよう色々根回しをしておく」

「根回し? そ、それってもしかして、実家の『フィアライト侯爵家』にも話を持っていくってことか!?」

「もちろんだ。私だけではアナスタシアを守ることは難しい」

「⋯⋯マジなんだな」

「当たり前だ。マイルス、しばらくは孤児院に通えなくなる。私の不在の間、彼女のことを頼んだぞ!」

「ああ、まかせろ!」


 私はマイルスと改めて今後についての情報を共有した後、久しぶりにに行くなどしてアナスタシアを守るための根回しを始めた。

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