異世界のんびり放浪記

森野熊

序章  老衰にて死亡、そして転生。

 目が覚めると、白い光の中にいた。その光は雲のようにも見えており、周りを見渡してもその切れ目らしきものはない。


 さてどうしたものかと思い立ち上がると、


「目覚められましたね。」


 そう優しく声がかけられる。


香流龍弥かなれ・りゅうやですね?」


 尋ねる風を装ってはいるが、これは確認だろう。


「はい、そうですが・・・」


 相手は誰なのか?

 迂闊に答えるのは良くないのではないか、そんな疑念を持ちつつ答えると、雲は晴れていき光も弱まってくる。


 そこに現れたのは三人の男女。女性一人と男性二人。女性は穏やかな表情を浮かべており、初春の陽光を思わせる暖かさを感じる。その女性の右側にいるのは、どう控えめに言っても美男子としか表現できない色白の男性。ただ、時折り鋭い視線を向けてくるあたり、ただの美男子というわけではないようだ。

 そして女性の左側に控えているのは、日焼けした肌に色濃く野生味を感じさせる男性。こちらも間違いなく美男子なのだが、それ以上に野生味を感じさせている。


「貴方方はいったい・・・」


 発する声への違和感を感じる余裕もなく、ある程度の確信を持ちながらも、確認のため尋ねざるを得ないと思い、問い掛ける。


「そう緊張すんなって。ある程度は見当がついてんだろ?」


 日焼けした肌の男性がいつのまにか側におり、肩をバシバシと叩いている。


「そう手荒なことをするでないぞ、素戔嗚スサノオよ。」


 やはり三貴子みはしらのうずのみこかと、確信する。


三貴子みはしらのうずのみこである貴方方が、なぜ私の前に顕現されたのでしょうか?」


 当然過ぎる問いを口にする。


「薄々は気づいているだろうが、お前さんは死んだんだよ、日本最高齢記録を目前にしてな。」


 日本最高齢記録の手前というと、120歳目前だったということか。


「老衰ってヤツだな。」


 素戔嗚スサノオは豪快に笑っている。


「もう少し、言い方というものを考えぬか。」


 そう嗜めるのは優男風の美男子、月読命ツクヨミノミコトだろう。


「いや、そこははっきりと認識させる必要があるだろう。」


 悪びれることなく素戔嗚スサノオが言うと、月読ツクヨミはやれやれと肩を竦めている。


「香流龍弥、貴方は二人が言ったように亡くなりました。今は魂だけの状態であり、黄泉ヨミへ旅立つ前の状態にあります。」


 女神である天照アマテラスの言葉に、黄泉への旅路の前に何か用があって留めているということなのだろうかと疑問が浮かぶ。


「香流龍弥、貴方はこの地球とは違う世界に行く気はありませんか?」


「違う世界?」


 輪廻転生のことなのだろうか?


「輪廻転生のようなものだと考えればわかりやすいか?」


 まるで心を読んだかのように素戔嗚が口を挟む。


「正確には少し違うのですがね。」


 月読も口を挟み、そして説明を始める。


「なに、最近はあちこちの世界から地球うちの世界の者たちが引く手数多でな、強引に連れて行く事例が相次いでいてな。」


「昔で言うなら神隠しとでもいうものなのですが、昨今では事故に見せかけたり、時には集団で連れて行くという荒っぽい手段を講じる者まで出る有様・・・」


「そこで各世界と協定を結び、無分別に連れ去ることを止めさせることになったのです。」


 ネット小説とやらで流行りだという“異世界転生”というもののことかと理解する。それにしても神隠しが異世界転生のこととは・・・。


「その協定を結んだ世界のひとつに、行っていただきたいのです。」


「過去の連れ去りは置いとくとして、正式な転生の第一号に選ばれたってわけだ。」


「断ったとして、なにか罰があるわけではないゆえ、その点は安心してほしい。その時は黄泉比良坂よもつひらさかを行き、黄泉の国にて転生の機会を待つことになる。」


 ただその場合は、人として転生するわけではないのだろうと、日本神話をはじめとする各地の神話を思い浮かべる。

 それならば、新しい世界とやらで人としての生を再び得られるなら良いことかもしれない。


「その別の世界とやらに行くことには同意しますが、流石に肉体からだが死ぬ前の状態ではなにもできないかと・・・」


 老衰で死んだということは、もう身体もろくに動かせない状態だろう。


「そこは安心しろ。お前が心身共に最も充実した時期に肉体は戻してやる。」


「そして、第一号ですからね。我等から幾ばくかの加護を授けましょう。」


「今後、貴方に続く者のためにも道を切り拓いてもらわなければならぬゆえ、我らの加護を受け取ってもらいたい。」


 その言葉と共に、自分を眩い光が包み込む。

 やがて光が晴れて行くと、


「さあ、行くといい。あちらの世界の神がお前を待っているぞ。」


 自分の背後に現れた一本道を指し示され、そしてその道を歩いて行く。



 ☆☆☆



 香流龍弥を見送り、


「大丈夫でしょうか・・・」


 不安そうな月読命の言葉に、


「我等の加護があるのだから、余程のことがなければ大丈夫でしょう。」


「いや、それは大丈夫だろうし、だからこそアイツを選んだんだから。だけど向こうの窓口になってる女神、なんていったっけ?」


「大地と豊穣の女神メイディアス、でしたね。」


「真面目そうだが、どこかヌけてそうなんだよなあ。大きなポカをやらかさなきゃいいんだが・・・」


 三貴子みはしらのうずのみこはそれぞれの顔を見て、無理やりに不安を押し込めた表情を浮かべて、


「大丈夫、でしょう・・・・、多分・・・」


 三者三様に乾いた笑いをこぼしていた。



 ☆☆☆



 一本道を歩いた先に見えるのは、かつて欧州ヨーロッパで見たギリシア風の神殿。

 その入り口に佇む美しい女神だが、大きな丸眼鏡が強い印象を与える。


「お待ちしておりました。わたくしはこれから貴方が生きて行く世界エルミューアにおいて“大地と豊穣の女神”を務めさせておりますメイディアスと申します。」


 神とは思えないような、あまりに丁寧な物言いに恐縮してしまう。


「いえ、こちらこそこれからお世話になる・・・」


香流龍弥かなれ・りゃうや様ですね。承っております。随分とご長寿でいらしたとか。」


 女神に案内されながら、会話を続けて行く。


 やがて女神メイディアスの執務室らしき部屋に着くと、龍弥は備え付けられているソファに向かい合って座る。


 メイディアスは書類のようなものを手にすると、


「確認をさせていただきます。」


 書類に目を通しつつ、


「119歳まで生きられたとは、人族としては凄い長寿だったのですね。」


 やら、


「海軍?というのはなにかしら?」


 等々、時折り疑問や感想を口にしたりしている。


「海軍というところで軍人というものをしていたと。」


 終戦間際に恩給を少しでも多くもらえるようにと、温情で最終階級は中佐になっていたなあと、当時を思い出す。上官に抗命ばかりしていたから嫌われていたのだが、中には目を掛けてくれる上官も少しはいたことを思い出し、そのおかげで多くの戦災孤児を食わせることができていた。


「武術道場を運営されていた・・・」


 古流武術を下地ベースにして、世界各地で学んだ武術を織り交ぜたものだ。


 書類に目を通し終えると、目の前にいる龍弥の存在を思い出したようで、


「す、すいません!書類に集中し過ぎてしまって・・・。」


「いえ、構いません。」


「ええと、これから過ごしていただく世界エルミューアについて説明をさせていただきますね。」


 その説明によると、地球におけるRPGロールプレイングゲームのような世界であるとのこと。

 孫や曾孫ひまご玄孫やしゃごが遊んでいたゲームみたいな世界かと理解する。


「それから、技能スキルというものを授けられるのですが、何か望みのものはありますでしょうか?」


 そう問われて考える。


「まずは言語や文字の理解でしょうか。それと、なにか手に職をつけていただければ。」


 戦後というより、激戦地に身を置いた戦中から何もかもをしないといけない状況であり、戦後には養子とした戦災孤児たちを食わせるためにそれこそ、手が後ろに回ること以外はありとあらゆることをしなければならなかった。

 エルミューアとかいう世界でも、手に職があれば食べることに困ることはないだろう。


「それと、元の世界の作物の種子がいただければ。」


 米なども食べられるなら食べたい。


「わかりました。種子はすぐにはお渡しできませんが、時期をみて自然な形で手にできるようにいたします。」


 その言葉と共に、龍弥の周囲を光が包み晴れていく。


「それでは、大きな町の近くの平原にお送りしますね。」


 その言葉と共に、再び光に包まれる。


 そして光が晴れた時、龍弥は鬱蒼と茂った森の中にいた。

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