終章:永遠のユニゾン


 結婚式は翌年の春、桜が満開の季節に行われた。会場は青山の小さなチャペルで、参列者は私たちの研究に関わった人々、治療を受けた患者とその家族、そして少数の親しい友人たちだった。


 私は純白のウェディングドレスに身を包んでいた。奏は黒いタキシードを着て、胸元にサックスを模した小さなブローチをつけていた。


 式の最中、私の拡張視覚は会場を美しい色彩で満たした。参列者の感動は温かいゴールドの光として、愛情は柔らかなピンクの霞として、希望は鮮やかなブルーの輝きとして映っていた。


 そして奏の共感覚は、会場に満ちた様々な感情を豊かな味のハーモニーとして感じ取っていた。祝福の甘い味、感動の澄んだ味、愛の温かい味……全てが調和して、美しい味覚のシンフォニーを作り出していた。


 牧師の言葉が響く中、私たちは誓いを立てた。


「病める時も健やかなる時も、喜びの時も悲しみの時も、お互いを愛し、支え合うことを誓いますか?」


「「誓います」」


 私たちは声を合わせて答えた。


 指輪の交換の際、奏が私にささやいた。


「可憐、君は僕の永遠のメロディーだ」


 私も彼にささやき返した。


「奏、あなたは私の永遠のハーモニーよ」


 そして私たちは口づけを交わした。その瞬間、私の世界は最も美しい色彩で満たされた。虹色の光が会場全体を包み、奏の音楽が聞こえないにも関わらず、私の心は美しいメロディーで満たされていた。


 披露宴では、奏が特別な演奏を披露した。それは私たちの愛の物語を音楽で描いた30分間の大作で、会場の全ての人が涙を流した。


 演奏が終わった後、私は初めて大勢の前でスピーチを行った。


「皆さま、今日は私たちの結婚式にご参列いただき、ありがとうございます」


 私の声は、もはや失語症の面影を全く残していなかった。


「二年前、私は言葉を失いました。世界は恐怖と孤独に満ちた場所でした。しかし奏さんと出会って、私は言葉以上に大切なものがあることを学びました」


 会場が静まり返った。


「それは、心と心が響き合うということです。愛し合うということです。そして、お互いの違いを祝福し合うということです」


 私は奏を見つめた。彼の目には深い愛情が宿っていた。


「私たちは、これからも多くの人々の心を音楽で癒していきます。私たちの『異常』が、誰かの希望の光になることを信じて」


 会場から温かい拍手が湧き起こった。


 その夜、新婚旅行先のハワイで、私たちは海辺を歩いていた。満月の光が海面にきらめき、私の拡張視覚には銀色の光の絨毯のように映っていた。


 波の音が私の超聴覚に美しいメロディーとして響いている。そして奏の共感覚は、海の音を「塩だけど甘い味」として感じていた。


「可憐」


 奏が立ち止まって私を抱きしめた。


「何?」


「君と結婚できて、僕は世界で一番幸せな男だ」


「私も」


 私は彼の胸に顔を埋めながら答えた。


「世界で一番幸せな女よ」


 私たちは砂浜に座り、空を見上げた。星空が私の目には無数の色とりどりの宝石のように映っていた。


「あの星の向こうにも、私たちのような人たちがいるのかしら」私は思いを馳せながら言った。


「きっといるよ」


 奏は答えた。


「そして彼らも、お互いを見つけて、愛し合っているはずだ」


 私たちは手を繋いで星空を眺めていた。風の音、波の音、夜鳥の鳴き声……全ての音が美しいハーモニーを作り出している。


「奏」


「うん?」


「私たち、もう一人じゃないのね」


「ああ。もう二度と一人じゃない」


 そしてその夜、私たちは深く愛し合った。二つの特別な魂が完全に一つになった、奇跡のような夜だった。


 そして私たちは知っていた。


 この奇跡は、永遠に続くものなのだと。


(了)

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【超感覚共感覚恋愛短編小説】サイレント・コード ~君の色彩(いろ)、僕の旋律(おと)~(約26,000字) 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi

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