第29話 大聖女様との旅
小雪の舞う空の下、橇はあまり揺れずに進む。馬車の旅より静かで快適だ。これならば2日かかるアルターハーフェンまでの旅も、あまり疲れないですみそうだ。
「フローラ、お願いしてたこと、今、報告してもらえるかしら」
ふいに大聖女様が言った。
「ええ、そうね、では……」
フローラ先生は手持ちのカバンから書類の束を出した。そして口調を改め、その書類を読み始めた。
「アルターハーフェンの歴史は千年を超えます。文字による歴史記述がある時代には、少なくとも漁港としては機能していたようです。現在の人口は約5万人、労働人口のほぼ3分の1が漁業関係、3分の1が港湾を中心とした運輸業、工業が十分の1、その他第三次産業や農業従事者ですね」
そこで大聖女様が口を挟んだ。
「農業従事者が少ないのね」
「ええ、農業は主に野菜などであり、主食に関してはほぼ、アルターハーフェン外からの買い入れに頼っています」
「それは良くないわね」
「それはどういうことでしょうか」
大聖女様のお言葉に、私はつい口を挟んでしまった。
「ええ殿下、天候不良が長引くと漁獲量が減り、貿易も影響が出るでしょう。そうとなるとアルターハーフェンの収入は減りますね。同時に陸上の農業も影響を受けているでしょうから、物価高が市民を襲うことになります」
「なるほど」
「フローラ、主食の備蓄について、アルターハーフェン領主にそれとなく聞いておいてくれないかしら」
「了解です」
「じゃあ、話を続けて」
「はい」
それからのフローラ先生のお話は、経済状況をかなり細かく数字ベースで説明していた。さらには地理・気候についてもほとんど数字で説明された。挙句の果てにレオパルド様の従事する海上警備についても艦艇の種類、数、従事者数、さらには装備までとやけに詳しい。
流石に私は質問した。
「あの、今のお話、私が聞いても良かったのでしょうか」
すると大聖女様はニヤッとして、
「あら、レオパルド様のお仕事について、ご興味なかったかしら」
と仰った。ステファン殿下、フローラ先生もニコニコとしている。
「ま、私とステファンの仕事はね、アルターハーフェン領主にお願いしている警備関係の視察と支援なんだけどね、オクタヴィア殿下も同行してくださいね」
そこまで言われて私も気がついた。もし私がレオパルド様と結婚することになれば、アルターハフェンと深く関わっていく可能性が高い。それも行政側でだ。だから今のうちにレクチャーしてしまおうということだろう。
日が暮れてから、橇は宿場町ランゲンに滑り込んだ。車窓から見える街は人々で賑わっており、私達の一行が民衆を押しのけて通っていて申し訳なく思う。
突然大聖女様は窓を開けた。寒風と歓声が入ってくる。大聖女様とステファン殿下は笑顔で手を降っていた。ただ宿屋の前に橇がとまったとき、フローラ先生が文句を言った。
「あのさ、窓を開けるなとは言わない。だけど開けるなら開けると言ってくれないと」
「あ、ごめん」
「僕からも謝るよ」
大聖女様は一応謝っておくという感じであったが、ステファン殿下は本当に申し訳なさそうにしていた。
宿での夕食にはランゲンの町長、教会の牧師、初等学校の校長、各種ギルドの長などが同席した。出席者が紹介され、大聖女様の挨拶とお祈りで食事が始まった。
最初に出てきた皿は、魚のすり身を蒸したものだった。香草が練り込まれ、美味しい。あまり魚介類が得意でない大聖女様は、慎重に一口口に運び、目を見開いたかと思うとどんどん食べていた。ステファン殿下は横にいるランゲン町長に、
「アンはこの前菜が気に入ったようです」
と言っていた。町長は、
「アルターハーフェンで捕れた魚です。このあたりではよく食べられている料理です」
と答えた。するとステファン殿下は、
「日持ちはしますか?」
と聞き、
「寒い時期なら数日は大丈夫です」
との答えに、
「王都へお土産にしたいですね。どこで買えますか」
と言っていた。殿下もよっぽど気に入ったのだろう。町長は「献上します」と言っていたがステファン殿下も大聖女様も「買う」と言ってゆずらなかった。
「それならばアルターハーフェンで市場へお寄りください。きっといいものがみつかりますよ」
と町長が折れた。
その他スープ、腸詰めなど地元の料理が続き、楽しめた。
食事後、町長さんに話しかけられた。
「オクタヴィア妃殿下、今夜の食事は聖女様のたってのご希望でこの地の普通の料理ということでしたので粗末なもので申し訳ありませんでした」
「とんでもない、素材の味がよくわかる調理法でとてもおいしかったです。ソースなどでごまかしが効かない料理ばかりだったのではないですか」
と返事すると、
「今のお言葉、料理長に伝えてもよろしいでしょうか」
と言われた。もちろん快諾した。
翌朝はまだ星が出ているうちに出発となった。
「大聖女様、星はどうやって光っているのでしょうか」
「う、うん、そうね、考えておくわ」
なにかご存知のようだったが、ごまかされた。
晴天は一日ももたず、再び雪が舞う中ひたすら橇は走った。車中では昨日に続き、アルターハフェンと園周辺の地理・経済・歴史を教わった。昼食はパンにいろいろと具材がはさまれたもので、とても美味しい。
「これは昨日の料理長が腕を振るったわね」
大聖女様はそう評したが、私も同意見だ。
そしておしりが痛くなり、外が真っ暗になってからアルターハーフェンに到着した。馬車が止まりドアが開くと、出迎えに並ぶ人たちの中にレオパルド様の顔が見えた。おしりの痛みは忘れた。
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