第26話 未来

「どんなささいなことでもいいですから、殿下のお仕事のお手伝いを私達にさせてください」

 夜会から帰ったあと、私は夜会に同行したグリセルダ嬢にこう言われた。彼女はまた「学問をするためだけにノルトラントに来ているわけではない」とも言った。彼女のその言葉に、同席するシルヴィー嬢、マルティナ嬢、シュテフィ嬢、カレン嬢もうなずいている。

 聞かずともわかる。2年前我が国はノルトラントに戦争を仕掛け、敗れた。開戦の理由は我が国にはあったが、ノルトラントには無かった。つまり基本的にノルトラントにおいてヴァルトラント人への風当たりは強い。そこへ留学してきているのだから、かなりの覚悟を持っているはずだ。

 私は彼女たちに積極的に相談し、彼女たちの力を借りるべきであることに気付いた。そうしなければ、せっかくの彼女たちの気持ち、さらには敵地に娘を送り出した親たちの気持ちを踏みにじることになる。

「ごめんなさい皆さん、皆さんのお勉強のじゃまになるかもしれないけれど、皆さんのお力をおかしいただけないでしょうか」

「殿下、そのお言葉をお待ちしておりました。私達、ヴァルトラントのため、殿下のため、力を尽くすつもりでノルトラントに参りましたから」

 シルヴィー嬢がそう言い、他の者達もうなずいている。

「とりあえず今、私が知っている情報をすべてお教えします」

 

 それから私は、先刻ミハエル殿下、ヴェローニカ妃殿下に伝えたのと同じ内容を仲間たちに伝えた。

「それでです、ミハエル殿下はですね、ヴァルトラントの窮状をお知りになった大聖女様は、いずれステファン殿下とともにヴァルトラントにいらっしゃるだろうとお考えです」

「それはそれでよいのではないのですか」

「そうなのですがシュテフィ嬢、ノルトラント王室としては、どうもそれが家族を引き裂くようにお考えのようなのです」

「あ、なるほど」

「そうなのです。私はあくまで政治の問題として大聖女様とステファン殿下をお迎えしたいと考えていました。しかしそれを、ノルトラント王室としては家族の問題ととらえているようです」

「それはもしかして、かつてのステファン殿下の問題とも関係があるのでしょうか」

「そこまではわかりません。ですが今、ノルトラント王室はとても仲睦まじくすごされているのは確かでしょう」

「では大聖女様をお迎えすると、ノルトラントの恨みを買うことになってしまうのでしょうか」

「そうかもしれません、マルティナ嬢」

「では、どうすれば……」

「とりあえず先程、ミハエル殿下は悪いようにはしないと仰りました。今の私としては、そのお言葉に頼るしか……」

 この夜はこれで解散するしかなかった。


 翌日女子大の授業に出て寮にもどると、手紙が二通私を待っていた。自室で読む。


 一通は夜会でお話したアルターハーフェンのレオパルド様からだった。今日の朝に王都を発ち、故郷での任務にもどるとあった。いつになるかわからないが、次に王都に上る際はまたお会いしたいとあった。心が暖かくなる。

 もう一通はヴェローニカ妃殿下からで、ヴァルトラントからノルトラントへ支払われる賠償金について、支払期限をとりあえず秘密裏に延期するとあった。ミハエル殿下が国王陛下に直談判されたそうだ。ただしノルトラント国内の政治的考慮から、当面このことは秘匿されるとのことだ。私としては感謝しか無いのだが、ヴェローニカ妃殿下は手紙の中で「時間稼ぎにしかならず申し訳ない」とあった。


 まずヴェローニカ妃殿下には礼の返信を書き、レオパルド様には次にお会いする機会を楽しみにしている旨したためた。本心である。本心であるが故に型にはまった文面にはならず、時間がかかってしまった。今夜しきれなかった勉強は、明日早起きしてやることにする。


 就寝前に仲間たちを部屋に呼んで、二通ともそのまま見せた。ミハエル殿下からの手紙は仲間たちの表情を少し柔らかくさせた。レオパルド様のお手紙を読んだシルヴィ嬢は、ちょっと複雑な表情をした。私的な手紙ではあるが、私がノルトラント貴族に嫁ぐことはヴァルトラントの国益にかなっている。少し恥ずかしく思える。仲間たちの夜会の「戦果」も気になるが、自分の気恥ずかしさを考えると仲間たちに尋ねる気もしなかった。


 ベッドに入って考える。ミハエル殿下による賠償金の支払いの猶予にはただただ感謝しか無い。しかしヴェローニカ妃殿下の仰るとおり時間稼ぎでしかなく、根本的解決にはなっていない。ステファン殿下にヴァルトラント国王位をお願いするということは、ヴァルトラントをノルトラント王室に売り渡すに等しい。落ち着いて考えれば王位を金で買うようなもので、民の幸福を大事にするステファン殿下、アン大聖女様のお考えにはなじまない。大聖女様を昔からよく知るヴェローニカ様は、妹のようなアン様をそのような地に送り出したくないのだろう。


 ヴァルトラントの民が幸せになり、大聖女様も幸せな未来、それはいったいどうすれば実現できるのだろうか。

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