第5話 家族の夕食

 1年ぶりに訪れる祖国ヴァルトラントは、なにもかもが懐かしいようでもあり、少しちがっているようでもあった。馬上で、しかも急ぎの旅だから確証はない。秋も深まってきていたから首都に入る頃にはすっかり暗くなっていた。


 王宮に入ったところで、私付きの侍女だったマリアがやってきた。

「お帰りなさいませ殿下」

「ああ、ただいま」

「陛下からご伝言です。急ぎの旅、ご苦労だった。一休みしてからでよいので報告をしてもらいたい、とのことです」

「承知したこと、陛下に」

「はい、殿下」

 マリアは別の侍女に連絡を命じた。

「殿下、お部屋でしばしご休息を」

「はい、お願いします」

 マリアは勝手知ったる王宮内を、私を先導して歩き始めた。


 1年前もそうだったが、相変わらず王宮内は質素である。戦争のため売れる装飾品は片っ端から売られた。そして賠償金の支払いのため、私の耳にすら各種倹約のため消耗品すら買い控えていると聞く。当然証明も最小限で廊下はかなり暗い。


 久しぶりの自室に帰る。マリアの手伝いで湯浴みをし、着替える。ゆっくりしている暇はない。夕食は報告を兼ねて両親ととることになっているとマリアに聞かされた。


 食事に出ると、父・母さらに弟のエルハルトがすでに着席していた。

「おまたせし申し訳ありません、陛下、王妃殿下」

「そなたと早く顔を合わせたくて皆早めにきただけだよ、それにプライベーな場だ。陛下はぬきだ」

 父上、母上、エルハルトと順にハグをする。

「ご心配おかけしました」

「うむ、そなたには苦労をかける」

 スープが出る。故郷の味に涙が出そうだ。同じ種類の野菜でも土が違うのだろう、やはり味が違うと思う。

「やはりヴァルトラントのスープを飲むと安心いたします」

「そうか、それで大聖女様のご様子はどうだ?」

「大聖女様、ですか?」

「うむ、アン様にはヴァルトラントの聖女も兼ねていただく」

「ステファン殿下とお離れになるの、ご承知いただけるでしょうか」

「うむ、それなのだがな、次期国王としてステファン殿下にお越しいただけないかと、正式に打診した」

 心臓がどきんと鳴る。

「エルハルトはどうなるのですか」

「まずエルハルトには、そなたと同様、ノルトラントに留学してもらう。もしノルトラントが許せば、エルハルトはステファン殿下の次に国王になればよい」

「まだステファン殿下にはお子さんがいらっしゃいませんが、もしお生まれになったら」

「そのときはそのときだ、この家が残れば余はそれでよい」

「民は納得するでしょうか」

「大聖女様はヴァルトラント国民からの人気も高い。またステファン殿下は戦争には参加されていない。これは幸運であったな」

「軍部は」

「これも大丈夫だろう、ただオクタヴィア、急な話であることは理解できるが、そなたこの話に反対か」

「いえ、良い案かと思います」

「それにしては批判的だな」

「賛成だからこそ、批判的になるのです」

「ほう、女子大の教えか?」

「そうですね、女子大の教えとも、聖女様のお教えとも言えます」

「大聖女様、だ」

「そうでした」

「それで大聖女様はステファン殿下のご様子はどうだ」

「殿下とは接触の機会がありませんでしたのでわかりませんが、最近の大聖女様は以前同様、精力的にお仕事に邁進されていらっしゃいます」

「御心の方は大丈夫か」

「はい」


 いつの間にか食事は殆ど終わっていた。

「久しぶりのヴァルトラントの食事なのに、こんな話で申し訳ないな」

「いえ、本当の平和が訪れてから、ゆっくりと味あわせていただこうと思います」

「うむ、それがよかろう」


 デザートはなく、お茶となった。民が苦しむ今、王族が甘いものなど論外である。王族がなぜ贅沢な食事をするか、それは王族の力を見せつけるためである。今この食卓には王族しかいないから、贅沢を見せつける相手がいない。国庫は火の車であるから、王家としても余計な出費はおさえるのは当然である。


「大学での食事はどうなの?」

 母上が聞いてきた。

「とくに贅沢ということはありません。ただ、量が多いですね」

「みなさん残されてますの?」

「いえ、みな若いですから、ほとんど残飯は出ていないですね」

「そうですか」

「騎士団と隣接しているのも関係しているかもしれません」

「う~む」

「どうされましたか、父上」

「大聖女様は、騎士団・聖女庁・そして女子大の3つを束ねているのだったな」

「そうですね」

「それぞれのつながりはどうなのだ?」

「風通しがいいかんじですね、変な縦割りはないように感じます」

「ほう」

「聖女様がそういうお役所的な発想がお嫌いなんだと思います。各自所属にこだわるのでなく、目的達成のために力をあわせていると言う感じです」

「大聖女様のお人柄なのだろう」

「はい、こういうことを申し上げては失礼なのですが、あの方はどこか隙があって、助けてあげたくなるというか、一緒に仕事したくなるというか」

「わかる気がする」

「そして何より、あの方の前では、だまそうとか、利用しようとか、そんな気持ちになれないのだと思います」

「それが聖なる力の本質かもしれないな」


 その夜は聖女様についての報告で遅くなってしまい、その他の打ち合わせは翌日ということになった。

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