第3話 留学の経緯

「お仕事では学者、プライベートでは恋に溺れる女の子ですね」

 ユリアは平時のアン聖女を、このように表現した。

「アン聖女はおいくつでしたか」

 知っていたが思わず聞いた。

「十五、だったと思います、殿下」

「どなたに恋をされているのでしょうか」

「ステファン第二王子殿下です」

「そうですか」

 ステファン殿下の名前は知っていたが、どちらかと言えば謎の人物だ。表舞台にほとんど姿を現していない。

「出会いはいつ、どこで」

「それがまったくわからないんです、殿下。ですがいつの間にか、お二人はお互い思い合っていらっしゃるようです」

「そうですか。お年から考えて恋に溺れるというのは理解できますが、学者となるにはお若すぎると思うのですが」

「ごもっともです。私は聖女様やお仲間が8歳のころから存じあげておりますが、8歳のときにすでにもう学者のような行動をおとりでした」

「8歳ですか、女学校にご入学になった年ですね」

「そうです、その冬に吹雪で第三騎士団から王都に帰ることができなくなったことが会ったのですが、その吹雪の中に出て、天気の状況でどのくらい視界が利くか測定されていました」

「それは騎士団から命じられて、ではないのですね」

「はい、そのご希望を私がヴェローニカ様に伝えましたから」

「そうですか」

「それだけではありません、殿下。例のドラゴンですが、誕生直後から毎日体重・体調を測って図表にしていました」

「それを8歳の子たちが」

「そうなのです。みなさん8歳のときからわがままも言わず、論理的に物事を述べ、自主的に行動されていたのです」

「女学校の教育の成果、ということではありませんか」

「いえ、殿下。第三騎士団の騎士には女学校の卒業生が数多く居りますが、みな口をそろえて女学校で教わることではないと言っておりましたし、女学校生徒でありながら、女学校や騎士団で算術を教えていたそうです」

「聞くところによれば、病院などにも出向いて手伝っていたとか」

「いいえ、殿下。手伝うと言うより、衛生管理とか治療とか、新しいアイデアを次々と出していたと聞いています」

「まさしく神童ですね。しかしどこからそういった素養を身につけたのでしょう」

「わかりません。神がお与えになったとしか……」


 結婚式は多くの人が出席していたから、聖女様とは簡単に挨拶することしかできなかった。それでも聖女様の人柄はよくわかった。ノルトラントの女学校への留学のお話をしたら、目を輝かせていた。この方は女性の学問について、たいへんに理解のある方だと確信した。


 結婚式からの帰国後、ヘルムートやユリアから繰り返し聖女様のお話を聞いた。聞けば聞くほど聖女様とそのお仲間たちに興味をもった。そしてなんとしても、この方たちの近くで勉強し、ノルトラントの先進性を身に着けたいと考えた。


 次に聖女様とお会いしたのは女子大の入学試験のときだった。

 戦争が終わって1年半後、聖女様は女子の高等教育機関としてノルトラント女子大を設立した。女子の高等教育機関はヴァルトラントはおろか帝国にすら無かった。ノルトラントは決して大国とは言えない。だから女子大の話を聞いたときは心底驚いた。そして私は国王の父に呼び出された。

「オクタヴィア、そなたにはぜひ、ノルトラント女子大に行ってもらいたい」

「陛下、お言葉ですが以前は女学校へ編入というお話だったと記憶しておりますが」

「うむ、そうなのだがそなたには女子大受験資格があるようだ。そしてその女子大だが、設立の中心人物はアン聖女と聞く。また情報によると、我が国の戦争意図を見抜いたのもアン聖女、侵攻開始地点を予想したのもアン聖女、そして実質的な戦争指導もアン聖女が行ったと言うではないか」

「私も概ね、そのように聞いております、陛下」

「そのアン聖女は、他国からの留学生も受け入れるとのことだ」

「はい、陛下」

「それでだ、オクタヴィアには神学部に行ってもらいたいと思う」

「陛下、僭越ながら私は、理学部のほうが適切かと思います」

「何故だ、オクタヴィア」

「陛下、聖女の拷問に耐えた英雄ヘルムートの妻、ユリアをご記憶でしょうか」

「うむ、ノルトラント出身であったな」

「彼女は聖女が幼少のころから知っているようです。ユリアは聖女は学者だと申しておりました」

「学者?」

「はい、陛下。自然科学の学者であるそうです」

「そういえばアン聖女は、聖女としての訓練は特に受けていないそうだな」

「そのようです、陛下」

 こうして私はノルトラント女子大の理学部を受験し、猛勉強の成果もあってなんとか合格することができた。


 その後の留学生活では、聖女様の授業もあった。授業外でお会いすると気さくにお話をしてくださった。お忙しい方なので、周りの方から時間を告げられるといつも残念そうに、

「またお話いたしましょう」

とおっしゃるのだった。

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