幽の譜

白蛇

白眠

 雪明りが、世界の端を薄氷の刃でゆるやかに削ってゆく。

 吐息は散華の花弁のように空へ解け、瞬きの間に白銀の淵へと沈降した。

 その欠片ひとつごとに、時は静まり、透きとおる水脈となって流れ出す。


 指はもはや自らの感覚を失い、氷玻璃のように淡く透き、眠りの淵に沈潜している。

 肌裏を巡っていた温流は密やかに退き、その跡を、乳白の光が緩やかに脈打ちながら満たしていった。


 一歩ごとに雪が足裏で微かに啼き、その響きは遠鐘の余韻に似て、時の糸を静かに延ばす。

 風に攫われつつも絶えぬその細音は、名も知らぬ祭礼の回廊へ、影のように私を導いていく。


 頬を掠める風は痛みを手放し、やがて蜜を含んだ重みとなって瞼を沈める。

 眼奥の光は薄絹を解く糸のようにほどけ、耳朶の奥では牡丹の花片が降り積もる音が密やかに満ちていく。——その囁きは遠い夜の子守歌となり、私を底知れぬ白闇へと抱き入れる。


 綿雲が視界を覆い、空と大地の境を攫い去り、あらゆるものを白い繭に封じる。

 その繭は深奥から淡く脈を打ち、私の輪郭すらも白濁の中へと融かしていった。


 最後に残るのは温もりでも寒さでもない、涯てしない静謐。

 その静けさはすべての音を呑み、記憶を雪の底深く封じ——

——私は、白銀の胎内へと、無言のまま還っていった。

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