幽の譜
白蛇
白眠
雪明りが、世界の端を薄氷の刃でゆるやかに削ってゆく。
吐息は散華の花弁のように空へ解け、瞬きの間に白銀の淵へと沈降した。
その欠片ひとつごとに、時は静まり、透きとおる水脈となって流れ出す。
指はもはや自らの感覚を失い、氷玻璃のように淡く透き、眠りの淵に沈潜している。
肌裏を巡っていた温流は密やかに退き、その跡を、乳白の光が緩やかに脈打ちながら満たしていった。
一歩ごとに雪が足裏で微かに啼き、その響きは遠鐘の余韻に似て、時の糸を静かに延ばす。
風に攫われつつも絶えぬその細音は、名も知らぬ祭礼の回廊へ、影のように私を導いていく。
頬を掠める風は痛みを手放し、やがて蜜を含んだ重みとなって瞼を沈める。
眼奥の光は薄絹を解く糸のようにほどけ、耳朶の奥では牡丹の花片が降り積もる音が密やかに満ちていく。——その囁きは遠い夜の子守歌となり、私を底知れぬ白闇へと抱き入れる。
綿雲が視界を覆い、空と大地の境を攫い去り、あらゆるものを白い繭に封じる。
その繭は深奥から淡く脈を打ち、私の輪郭すらも白濁の中へと融かしていった。
最後に残るのは温もりでも寒さでもない、涯てしない静謐。
その静けさはすべての音を呑み、記憶を雪の底深く封じ——
——私は、白銀の胎内へと、無言のまま還っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます