[短編集]神への挑戦

　俺の名前は安城拓（あんじょうひらく）。どんな鍵でも開けられる、鍵開け師だ。

　そうは言うものの――

「おらおらおらぁ！　人間様のお通りだぜぇ、ヒャッハー！」

　こういう世紀末な連中の蔓延った世界限定ではあるのだが。

　鍵開けの仕事としては、半分が困った人への支援。残り半分が商業としてという、終末世界で過ごす人間のお手本のような感じである。

　鍵開けとは元来、人助けのようなものだと思っているため、そういう意味ではこの仕事は俺の性に合っていた。

　そんなある日、仕事という名の旅先の道中に寄った難民キャンプで仕事をしていると、テントの中で食事を摂っていた難民たちのリーダーが俺に相談を持ち掛けてきた。

　数日前に地上を焼き尽くした天の光。

　その到来した神話のような光景に両親を奪われた少女が、このキャンプの外れにある廃屋と化した一軒家に引きこもっているのだという。

　安全な地下にも渡れず、一人民家で両親の死を悼むだけの人生。

　なんとかしてやらねばと、俺はとりあえずその娘の家へと向かった。

「かえって。もう誰とも話したくない」

　インターホンからの第一声がこれである。

　難民キャンプから依頼されて来た、と言ったのがまずかったか。俺は改めて少女とコンタクトを取ろうと言葉を模索した。

「キャンプの人たちはみんなお前を心配してるぞ。それに、いつまでもここに居たって――」

「居たら死ぬって？　そんなこと分かってるよ。だからいいんだ、もうパパとママの居ない世界には居ても意味がないから。最期くらいここで死にたい」

　俺の鍵開け師としての自信（メンタル）はこうしてあっけなく撃沈した。

　こんなご時世、仕事の度にもらう報酬や食事を地元の両親に仕送りできる俺はまだ幸せなのかもしれないと、あの娘を見て思った。

　俺は両親を幼い頃に失って正気を保てる人間などこの世には存在しないと思っている。

　だからあの少女が取っている態度は世間的には間違っているが、彼女的には正しいもので、誰もそれを責めることはできない。

　だからせめて、俺は彼女を両親が好きだった頃に戻してやろうと、この日キャンプでの帰り道に胸へとその強い意志を抱いたのであった。

「いい加減にしてよ。昨日言ったよね、わたしはもうここで死にたいって」

　翌日、俺はまたしても彼女の家に訪れた。

　地区のリーダーの老人には三週間の滞在期間延長を頼み、彼女を説得する猶予をもらった。

「はあ、まあいいけど。でもどれだけ言われたって、わたしがここを離れることはないんだからね」

　どれだけしつこいと言われたって構わない。

　俺はただ、未来ある子どもがただただ死んでいくのを見たくないだけだ。

　そこからは訪問の連続だった。

　朝はビシッと身なりを整え、キャンプの出入口で外出許可をもらう。

　キャンプの配給係から二人分の食事を貰うと、彼女の家の前まで向かい、インターホンを鳴らす。

　そこから信頼を得て玄関に入らせてもらうまで、俺は三日ほど寒空の元で過ごした。

「そこに居たら寒くて死んじゃうでしょ。いいから入りなよ」

　少女が俺に見せてくれた、初めての気遣いだった。

　それから俺達は次第に打ち解け合い、最後の一週間は居間で共に食事を摂るまでに良好な関係へと発展した。

　俺は彼女に、これまでの仕事の旅についての話を聞かせた。

　少女の表情は太陽のような朗らかさで、俺が口を開くごとにキラキラと輝いていた。

　やがて話が終わると、俺は滞在期間が終わることを少女に告げた。

「もうすぐ、行っちゃうの？」

「ああ、お前はもう大丈夫だ。あとはみんなの輪の中に溶け込めるようにすれば――」

「そんなの、どうだっていい。わたしはただ、あなたと話をしていればそれで――」

　もじもじとしながら、上目遣いに俺へと視線を向けてくる。

「とにかく、大丈夫だから。な？」

　頭を撫でるとほっこりした表情になるのは、人に心を許し始めた良い傾向だと感心した俺だった。

　翌朝、太陽が昇る前の時間。俺は彼女の家に来ていた。インターホンを鳴らす。

「最後だから来た。家の鍵、昨日直しといたから。いつでも外に出られるぞ」

　俺はそう言葉を残すと、少女の家を後にした。

　本当の理由としては、彼女の家に入るのが扉の構造上、かなり困難で面倒だったためである。そのうち錆ができてしまったのだろう。入り口のドアを開けるのに十分以上かかるという日が何日かあった。

　何重にも鍵が掛けられていたものだったから、仕事納めとして簡単かつ頑丈な鍵の構造にしておいた。

　鍵開け師の俺ができるのはここまでだ。

　陽の出の影響で周囲の景色が鮮明になっていく時間帯。

　俺はキャンプの住民に別れの挨拶を済ませ、足を進める。

　すると、元居たキャンプの方角から、見知った少女のシルエットが見えてきた。

　俺の名前は安城拓。どんな鍵でも開けられる鍵開け師だ。