第2話 怪盗も死にそう

 探偵、二階堂は車を持っている。

中古のDATだ。

私はちょいと鍵穴をいじってドアを開いた。

後で死体からキーを取り出さなければ。

 時は1936年。大正25年。

先の戦争で財閥が蓄えた財産を、

国が税金として徴収を開始した。

 当然、財閥は税金を出し渋った。

彼らは課税、徴収の対象にならない宝石や金銀財宝。

中には美術品を購入して、脱税することにした。

 議会はそれが目的だった。

理由はインフレが止まらなかったからだ。

財閥が溜め込んだ貨幣を回収したかった議会は、

これ幸いと手を回して海外から宝石や美術品を買い込んだ。

 それが幸いしたか、

インフレが落ち着いてコーヒー一杯が十五銭から、

コーヒー一杯に大きめの揚げたドーナツがついて十五銭になった。

 それがきっかけで、

財閥と限らず金持ちの間で美術品ブームが起きた。

私はそれを狙って、盗み出し、騙し取り、

殺して奪う。

これがもう、最高に楽しい。

 深夜と言うこともあり、

私の運転するDAT以外誰もいない。

白熱灯のお陰で、春先だが少し暖かく感じる。

 到着したのは、二階堂の事務所だ。

国鉄の駅前、喫茶店の二階に陣取った事務所。

なんともありきたりで、吐き気がする。

 私は階段を登り、

事務所のドアもちょちょいと開いた。

部屋に入ると真っ暗な部屋だった。

 家具の配置からラジオの位置まで、

既に私の頭にはいっている。

誰にも見られていないが、

私は二階堂のフリをしたままドアを閉じた。

 事務所の白熱灯を付けて、

窓のカーテンを閉じた。


「……あ。

先生?」


 幼い少女の声が聞こえた。

思った通り、事務に忍び込んでいたらしい。


「起こしてしまったかな?」

「おかえりなさい、先生。」


 彼女は自称助手の四葉シロ。

見た目は十代の少女だが、

その身体能力は熊すら殴り殺せるほどだ。

 この二階堂が私と別の事件で保護した少女で、

怪しい宗教団体の実験台にされていたそうだ。

彼女の体はもとには戻せず、

仕方なく二階堂が保護したらしい。


「私は部屋で待っていて、

と言った気がするんだが?」

「アタシもう、気になって、気になって。

眠れませんでした。」

「その割には、

ソファーの上で熟睡していたようだが。」


 革張りのソファーには、彼女のよだれがついている。

四葉は慌ててよだれをハンカチで拭き取り、

笑ってごまかした。


「先生、あのキザったらしい怪盗は、

どうなりましたか?」


 コイツ、本当に嫌いだ。

私(怪盗)の良さを何も理解しない。

いつも私を悪しざまに言う。

 私はムカつく腹を抑えて二階堂の笑顔を作った。


「後一息のところで、逃がしてしまったよ。

ただ、五十嵐財閥のご当主は無事だ。」

「よかったぁ。」


 四葉が胸の撫で下ろすと、大きなあくびをした。


「ほら、部屋へ戻っておやすみ。」

「ふぁい。

そうしま……。」


 四葉の動きが止まった。

刹那、少女の身体から殺気が吹き出す。


「お前、誰だ?」


 さっきとはうってかわって、

獣の唸るような低い声で四葉が言う。

私の完璧な変装がバレた?

何故?

 だが、私は狼狽を顔に出さない。


「どうしたんだい?」

「黙れ。

先生の顔で、声で語りかけるな。」


 本当に、コイツ嫌いだ。

私はムカついて仕方がないのを意地で隠す。


「もう夜も遅いんだ。

ふざけてないで寝なさい。」


 次の瞬間、ソファーにいたはずの小さい身体が消えた。

私はとっさにドアの方へ飛んで逃げた。

さっき私が居た場所にあった机に、

大きな穴が空いて轟音が響いた。

机上に、餓えた獣のような四葉がいる。


「黙れと言ったぞ?」

「……お前、本当に嫌いだ。」


 私は観念して、二階堂の顔をはずした。

見せたこの顔も素顔ではない。

この顔も変装だが、

誰もがこの顔をノーフェイスだと認識している。


「ノーフェイス。

お前、先生をどこへやった?」

「お?

獣風情が話をする気になったか?」

「この場で八つ裂きにしてもいいぞ?」


 四葉は身体能力だけでなく、

五感も鋭敏化されているため嗅覚が鋭い。

この狭い事務所内に二人きりだったので、

匂いでバレたようだ。


「二階堂は死んだ。

だが、私が殺したんじゃない。」

「それをアタシが信じると?」


 今にも爆発しそうな殺気だ。


「先生が死んだ?

嘘をつくな。」

「それに関しては、

本当に嘘であってほしかった。」


 私は思わず頭を抱えた。


「解体工事の足場が崩れて、巻き込まれて即死だ。」

「なっ!?

嘘だ!!」

「ちょっとだけ聞け。

今私の手の者が死体を回収して保存している。」


 四葉が狼狽するのがわかる。

もう少し話ができそうだ。


「私の手の者に、

国内外を見てもトップの医術を持つものがいる。

そいつに診てもらって、

なんとか蘇生できないか手を尽くして貰う。」

「なんで、お前が先生を助けようとしてるんだ?」

「誰も彼も、何回もそう聞かれるのは何故だ?

太陽が東から登るくらい当たり前だろう。

『怪盗には、探偵が必要だ』。」


 四葉が私の答えにうろたえる。


「わ、わからない。」

「お前、低能だとは思っていたが、

そこまで頭が悪かったのか。」

「コロスぞ?」


 私は両手を付き出して、

今にも飛びかからんとする四葉をなだめる。


「まぁまぁ、良く考えろ。

私が完璧なプランをたてて、それを実行したとして。

それに気付いて、阻止しようとする人間は誰だ?」

「け、警官さん。」

「そうだな。

だが、アレがとんでもないポンコツなのは、

頭の悪いお前も気付いているだろ?」

「アタシの頭は関係ないだろ?

でも、確かに、先生がいないと……。」

「それだとな、

私の犯行だと気付いて貰えないんだ。」

「……は?」


 口を開けて間抜けな声を出す四葉。


「正直、今まであったんだよ。

私の犯行だと誰も気付かない。

いや、犯罪が起こったことすら気付かれないことが。

 こんなに念入りに下調べして、準備して!

完璧に仕上げても!

誰も観なければ、何の意味もないんだよ!!」

「おま、お前、

犯罪をちんどん屋かなんかだと思ってるのか?」


 私は思わず、語る言葉に熱がこもる。


「そんなちんけなものではない!

どれだけ時間と金を賭けていると思う!?

労力と情熱を注いでいると思う!?

 ハッキリ言おう!

どんなに高額で売れる宝石や美術品を盗んでも、

毎回赤字だ!!」


 四葉がドン引きするのわかる。


「それなのに!

誰も! 何も! 気付きすらしないなんて!

ありえない!!」


 私が頭をかきむしり、

絶叫するのを見て二歩下がる四葉。


「いや、でも、

お前はそんな事で怪盗をしているのか?」

「当たり前だ!

天才たる私を! 愚民どもに!

認知させて! 恐れ敬われる!

そのための怪盗だ!」


 私が四葉に一歩近づく。

四葉が更に二歩下がる。


「一旦は二階堂の容態を確認だ。

 だが、蘇生できないなら、

私はしばらく二階堂に成りすまし、

次の探偵を探す!」

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