第35話:私のヒーロー
「……やばい。緊張する……」
「ふぁ、ファイトです! 出番は少ないみたいですし、大丈夫ですよ!」
「でもそれって終盤のクライマックスに助けに来る仲間のヒーロー役だからじゃんー! 大役だよ!!」
まい先輩は落ち着かなそうにそわそわしている。
それもそのはず。
だってまい先輩はもうすぐ始まるヒーローショーに出演することになってしまったのだから。
どうやらスタッフさんによると、中心街で開催されるヒーローショーの役者が急病で出演できなくなってしまったらしい。その時、ちょうど見かけた高身長で筋肉質な体格のまい先輩に声をかけたというわけだ。
どうしてもと必死に縋ってくるスタッフさんの迫力に押されて、まい先輩は了承してしまった。
……でも、ヒーロースーツを身に纏うまい先輩はそれはもうかっこいい。
正直、私の心臓がドキドキしておかしくなりそうなくらいには!
「か、恰好とかお、おかしくない? 動きとか間違ったらどうしよう」
「全然おかしくないです。さっきは一通りリハーサルも完璧でしたし、自信持ってください!」
「スタンバイお願いしまーす!!」
スタッフさんの声がかかる。まい先輩はもはや泣きそうだ。
私はどうしたものか、と考え──そっとまい先輩が持っていた仮面を顔に着けてあげた。
「茉莉?」
「子供達が待っています。今の先輩はヒーローなんですから、ちゃんとなりきってください」
「ぼ、僕にヒーローなんて……」
「というか、先輩はもうなってますよ、ヒーロー」
「え?」
「──先輩は今まで何度も私のことを助けてくださいました。だから既に私の、ヒーローですよ」
「っ!!」
先輩の体が石のように固まる。
私は恥ずかしくなって、そんな先輩をくるりと回し、背中を押した。
「ほら、先輩! いってらっしゃい!」
「~~~~っ! 覚えとけよ……!」
先輩はそういうなり、ステージ脇の待機スペースへ駆けて行った。
***
結局、ヒーローショーは大成功。
まい先輩は事前に言われた動きを完璧にこなしてみせた。
多すぎるくらいもらった報酬で少し早いディナーを楽しみ、時間はあっという間に過ぎていった。
「──にしても、突然『ヒーローになる気はありませんか!?』はないよね。マジで漫画かなんかかと思ったし」
「必死だったんですよあのスタッフさんも! 多めに給料くれて、いい人でしたね」
二人で昼間のことを話題に女子寮の前まで並んで歩く。見慣れた寮が近づいてきて、私は少しだけ寂しくなる。
──ここで、先輩とはお別れだ。
「……じゃあ、今日もありがとうございました!!! すごく、楽しかったです!」
学校の門限は近い。先輩と早く別れないと。私がそう言うと、先輩もハッとしたように頷く。
「あ、う、うん。また明日。生徒会でね」
「はい! じゃあ失礼します」
踵を翻し、女子寮の入り口へ向かう。
私は今日一日の先輩の色んな表情を思い浮かべながら、口元に弧を描く。
あぁ、まい先輩の新しい顔を見れて、本当によかったな。
……その時だ。
「茉莉!!」
「っ! は、はい」
大声につられて素早く振り向くと、先輩は女子寮の門の前で、私を真っ直ぐ見つめていた。
「今、僕……ずっと僕を苦しめてる敵の親玉と戦ってるんだけどさ!!」
「……!」
「正直連敗続きだったんだよね! でも、今日一日茉莉といて元気出た!」
先輩がブンブンと大きく手を振っている。大きな体なのに子供みたいな行動をする先輩に笑ってしまった。
「僕、また戦ってくるよ! 僕は茉莉のヒーローであり続けるために! 本当にありがとう!」
先輩のいう敵の親玉なんてよく分からないけれど、先輩がそれを乗り越えていこうとしているのは分かった。
それなら、私は……
「こちらこそ!! 先輩なら絶対に倒せます!!」
先輩は私の返事を聞くなり、はにかんで、走って去っていった。
私はその後ろ姿が見えなくなるまで、見守った。
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