第20話:死神
──翌日。
青空学園の周辺を私は今、篠原先輩と並んで歩いている。
何故かというと、定期パトロールである。パトロールのペアは定期的にローテーションを組んでいるので、今週から私のパトロールのペアが未来空先輩から篠原先輩に変更になったのだ。
なんで、こんな時に限って……!!
篠原先輩は度々ため息を吐いて、不機嫌そうである。
ど、どうしよう……! 先輩とっても機嫌が悪そう! 昨日のこと、とっても怒ってるんだよね? と、とととりあえず、謝ろう!
「し、篠原先輩っ!」
「……なんですか」
「あ、あの、昨日の事なんですが、そ、その──すみませんでした!!」
私は直角に腰を曲げ、謝罪をする。
「つい好奇心で先輩を少しだけ追いかけちゃいました! 本当に、誠に……申し訳ございません! もう、二度と邪魔をしません! 嫌な気持ちをさせてしまい、本当に申し訳ございません!」
「もういいです。貴女の気持ちは分かりましたから」
顔を上げると、篠原先輩は複雑そうな表情を浮かべている。
「それにしても、貴女は馬鹿ですか? 一人で中心街にいたんじゃありませんよね?」
「は、はい! 本当は朔といたんですがたまたま彼がトイレに行っていて」
「貴女は自分の立場が分かっていない。もし貴女の能力の情報が誰かに漏れていたとしたら、どうするつもりだったのですか? ……まったく、花島も要も学園長も、貴女を甘やかしすぎですね。帰ったら忠告しておかないと」
「は、はい……すみません」
また頭を下げる。篠原先輩は「顔を上げなさい」と繰り返した。
「反省しているなら結構。で、俺の邪魔した件についてですが──昨日の事は誰にも口外しないように」
「それはもちろんです。分かりました」
「特に要と学園長には勘弁してください。その理由は聞かないこと」
「はい」
「よろしい。では、パトロールを続けましょう。犯人をこのままにしておくのも癪ですから」
「……篠原先輩って素敵な人なんですね」
「は?」
私はにっこりする。
「雷雨学園と青空学園は仲が悪いのに、そういう決めつけをしないで、あの女の人のありのままを見て、恋をするなんて──! 素敵だと思います!」
「…………」
篠原先輩はキョトンとする。
そしてしばらくすると──我慢できないとばかりにお腹を抱えて笑い出した!
「え? えっ!? 先輩?」
「ふふ、あはは! いや、失礼しました。貴女があまりにもガキ──いや、純粋だったので。言っておきますが、俺は昨日の彼女に恋愛感情はありません」
……は!?
「むしろ彼女は俺の嫌いなタイプの女性だ」
「ど、どどどどうして、そんな! じゃあ、昨日の言葉は──」
「勿論、嘘ですよ」
篠原先輩は綺麗な笑みを浮かべる。私はそんな先輩に混乱してしまった。
──その時。
先輩と私の目の前に二人の男達がズラリと立ち塞がった。一人は鼻ピアスをしており、一人は真っ赤に染めた髪が特徴的だ。二人とも、『不良』や『チンピラ』と例えられるようなガラの悪い見た目。
誰!? この人達!?
二人のうち、鼻ピアス男が篠原先輩をきつく睨みつけ、怒鳴り始める。
「また女連れていーい御身分じゃねぇかよ、篠原ぁ……っ!」
「貴方達は……」
「篠原、お前、また人を殺しやがったな?」
人を……殺し……!? え!?
私は男の言葉に思わず石になってしまう。
「さて、なんのことでしょうか」
「とぼけんじゃねぇ! 昨日、てめぇ、俺の妹を誑かして一緒にいたらしいじゃねぇか! 妹はもう終わりだ!」
私は先輩を見上げる。
昨日先輩と一緒にいた人って……あの女の人だよね!?
先輩、この人の妹に一体何を──!?
「将来を約束されたあいつの未来を奪って楽しいか!? あぁ!?」
「……は、笑わせますね」
先輩は眼鏡をくいっと指で押し上げ、鼻ピアス男を嘲笑する。
「楽しいかって? ──えぇ、楽しいですよ。貴方や貴方の妹さんのような馬鹿で勘違い人間の高くなった鼻をへし折るのは、とっても楽しいに決まってます」
「せ、先輩……!?」
「て、てめぇえええええええっっ!! やっぱり噂通り、こいつは死神だ!!」
死神?
すると鼻ピアス男の相方──赤髪男が消え、私のすぐ後ろにいた。私はその男に腕を掴まれ、そのまま背中に固定される。つまり、拘束されてしまったのだ。
「痛っ!」
「おい死神。少しでも能力を使ったら──この女を殺す」
「……ほう」
赤髪男は私を後ろから捕らえたまま、私の首元にナイフを宛がう。
この人、空間移動系の能力者だったんだ! ど、どどどうしよう! 人質ってことだよね、私!?
「妹を誑かしたその顔をズタズタにしてやるっ!」
妹を篠原先輩に殺されたという鼻ピアス男が興奮しながら先輩の顔を掴もうとする。
その手にはぶくぶくと泡立つ得体のしれない液体が滲んでいた。
あれって毒とか!? 酸!? あの人の能力だ! どちらにしろ、先輩が危ない!
「せ、先輩、私の事はいいですから! 逃げてください!」
「余計な事言うんじゃねぇっ!」
「──っ!」
刃物がすぐ目の前に迫ってきた。私は息を呑む。
しかしその刃物が私の皮膚に触れる前に──獣の唸り声が響く。
「い、いってぇぇ!」
私を捕らえていた男が叫び声を上げた。
しっかり私を捕らえていた腕が離れ、振り向いてみると、男の足を狼が噛みついていた。
「は、朔!?」
「ちょっと一! 今の危ないよ! そのクズ野郎の手がずれて茉莉の顔に刃物が当たったらどうすんの!?」
「結城! 待たせてごめん! 大丈夫かい!?」
「……遅い」
篠原先輩はそう言うと、相方が朔に噛まれて痛がっている姿を茫然を見つめる鼻ピアス男に目を向ける。
「で、この後はどうする? それ以上その汚い手を俺に近づけてきたら──お前も喰ってやりましょうか? 言っておきますが、俺の能力は今、すこぶる腹がへっているみたいですよ」
「……クソッ!」
チンピラ達は逃げていった。
私は息を吐いて、胸を抑える。勿論心臓は暴れていた。
「茉莉! 大丈夫!? 結城さんのせいで怖い思いしちゃったね!」
「…………」
篠原先輩は私に近づいてくると、まじまじと私を見てくる。
「怪我はないですか」
「は、はい。ご心配おかけしました!」
「何を言っているんです。俺のせいでしょう。……すみません。もう貴女に説教できる立場ではありませんね」
「篠原先輩……?」
先輩はしばらく俯いた後、何事もなかったかのように私を見下ろす。
「桜さん。もう、俺に近づかないでください。学校生活でも、プライベートでも。……要、悪いが定期パトロールのペアは変更してくれ。それに俺は当分、生徒会には顔を出さない」
「……え」
私は目を見開く。篠原先輩はすぐに私に背を向けた。芥川先輩が怖い顔をして、篠原先輩の肩を掴む。
「結城。君、まだあんな事をしているのか? 学園長にやめるように言われたじゃないか」
「お前には関係ない」
「あるだろう! 今だって大事なメンバーがお前の勝手な行動で危ない目にあったんだ。……二人で話そう」
芥川先輩は篠原先輩を連れて、学校へ帰ってしまった。
残された私と朔とまい先輩、未来空先輩はその後姿をただ見守る。
「……なんだアレ。眼鏡先輩、なんかあるんすか?」
「さぁ。結城さん悪い噂いっぱい出てくるからなぁ。女遊び激しいみたいだし。ま、僕はなんだかんだ結城さん好きだよ。意外に面倒見いいし」
「…………」
死神。あの人は先輩をそう言っていた。でも先輩は、捕まった私を見て、私が傷つかないように動かないでくれた。先輩が本当に死神なら、私の事を見捨てるんだと思うんだけどな……。
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