第7話 この学校には女神もいるらしい(焼き鳥が食べたくなってくる)

 音弧に言われたものの、俺も正直、不安である。


 高校生なんだし、自力で起きなければならないという思いがあるのは本当だが、高校生になって朝弱いのが治るわけがないという思いも本物。つうか、美々の両親も朝弱いし、大人になったからと言って朝が弱いのが治るってわけじゃないんだよな。


 そんなもんだから美々の家の前で待機してんだけど、大丈夫かな。もうそろそろ出ないと遅刻の時間になっちまう。スマホをチラチラ見る度に時間が刻一刻と進んでいる。


 ま、俺が勝手に待っているんだから、やばかったら先に行けば良い話だ。


 とか心配していると、小さな悲鳴と、なにかにぶつかる音。このドタバタ感。日常だねぇ。こんな朝の慌ただしい音にどこか安堵を覚えてしまう自分がいる。


「やばい、やばい、やばい!!」


 ガチャリと玄関のドアが開くと共に、寝坊助美々ちゃんが現れた。寝坊して慌てているのに、しっかりとパーカーのフードを被ってらっしゃる。


「おはよ、美々」


「……」


 俺と目が合うと一瞬だけ時が止まる。フードの中の瞳が大きく見開かれた。すると、被っていたパーカーがはだけて、今日も立派なネコミミが立った。


「やばい♡ やばい♡ やばい♡」


 俺を見て更に動揺する美々は、鼻息を荒くしている。


「どう、どう、どう。落ち着け美々。確かにやばいが遅刻する時間帯じゃないぞ」


「そういう意味じゃないから」


「どういう意味?」


 聞き返すと、「えっと……」なんて困ったようにネコミミをペタンとさせた。


「か、勘違いしないでよね。別に朝から神様が待ってたとか思ってないんだから」


「朝から俺の黒歴史をいじるんじゃねぇよ」


 ったく、なんてため息を吐いて、はだけたパーカーを被せてやる。


「ほら、行くぞ」


 言ってやって先を歩くが、美々は一向に歩こうとしない。


「美々?」


 振り返ると、美々は急発進した。


「無理無理無理ー♡♡♡」


「あ、ちょ!? 美々!? 足、速すぎるだろ!!」


 ♢


 はぁ、はぁ……。あんにゃろ。待ってた俺を置いて一本先の電車で行きやがった。薄情な幼馴染め。勝手に待ってたのは俺だけど、この仕打ちはひどすぎるだろ。


 そのおかげで早起きしたのに朝から遅刻ギリギリでダッシュさせられている。くそがっ。美々のせいで俺まで遅刻しそうになるなんて、理不尽すぎる。


 ぜぇ、はぁ、と息を切らしながらも諦めずに走る。ったく、なんで俺がこんな目に。でも、美々の慌てふためく姿を思い出すと、なんだかんだで心配になってしまう。ちゃんと学校に着けただろうか。


「なんとか、遅刻は、逃れた、ぜ……」


 スマホを見る。時計を見ると朝のHRが始まるまでまだ時間はあった。


「あの、大丈夫ですか?」


 正門で、こきゅー、こきゅーと自分の中からどっからそんな音すんねんな呼吸をしていると、声をかけられた。


「女神、様?」


 声をかけた人物を見て、ついそんなことを口走ってしまう。


 だって、背中から純白の翼を生やした美しい女性が目の前に立っているんだから。ウチの制服を着ているから同じ高校の生徒なんだろうが、どう見ても人間離れした美しさだ。


「はい。私は女神様です」


 見た目が女神の女性は、簡単に肯定してくる。ツッコミを入れたいんだけど、息が上がって、うまく喋れない。つうか、初対面の人にツッコミなんて入れちゃだめだ。


「そんな女神様からあなたにアドバイスです。あまり遅刻ギリギリに来ると、しんどい思いをしますよ」


 それには色々と理由があるんだが、この女神様にぐだぐだ言っても仕方ないだろう。美々のことを説明するのも面倒だし。


「そうですね。以後、気を付けます」


「素直な人ですね。そんなあなた様にはこれを授けましょう」


 そんなことを言いながらスカートのポケットからハンカチを取り出してくれる。白いレースのついた上品なハンカチだった。


「あなたの爽やかな汗をこれで拭ってください」


「あ……」


 見ず知らずの女神様のハンカチなんて気を使っちまうから断ろうとしたが、「それでは」と颯爽と去って行く女神様。翼をはためかせながら歩いていく。


「……まじもんの女神だな、おい」


 ようやく整った息で放ったツッコミは虚無の彼方へ消えてしまった。


 ♢


 女神様から貸してもらった白いレースのハンカチで汗を拭いながら、一年一組の自分の教室に入って行く。


 自分の席に向かうために視線を向けると、窓際の一番後ろの席では、フードを被った美少女が窓の外なんか眺めて浸ってやがる。


「入学の時から思ってたけど、完城さんってクールビューティーだよな」


「な。教室入る時とかフード被って、ロックビューティーみたいな感じで良かったわ」


 そんなことで騒いでいるクラスメイトの連中に、今朝のことを教えてやりたい気分になるな、おい。


「特にネコミミ生えた時、やばない?」


「やばい。あれはマジでえぐいよな」


 クラスメイト達のテンションから、それは褒めているのだろうと思う。美々はそれを言われるのを嫌うが、まだ高校に入学して日も浅い。本人も自己紹介の時にはっきり嫌だって言ってないから仕方ないか。


「待ってた幼馴染様を置いて、さっさとご登校ですか、このやろー」


 嫌味の一つでも言いたくなったので、フードを被って窓の外をクールに眺めている幼馴染様へ申し立てる。


「あ、や、その……まじですみません」


 今日はまさかの素直に謝ってくるスタイルに少し驚いちまった。


「ま、勝手に待ってたのは俺の方だし、気にしなくても良いけどさ。いきなりどしたんだよ?」


「ええっと、それは……」


 あー、なんて言い訳を考えている。考えて、考えて、考えた結果、「てか」なんて言葉から次のセリフが発せられた。


「さっきの人は誰?」


「さっきの人?」


 いきなりなんの質問をぶっ放してんだ、こいつは。


「今さっき、門で喋ってた人」


 なんでこの子はそんなことを知っているんだ。幼馴染だからか? 幼馴染って幼馴染の行動を監視できるの? なにそれ、どんなチート?


 なんて焦ったが、すぐに答えがわかる。


 そういえば、窓の外から正門が見えるな。


「さぁな。通りすがりの女神様だってことは知ってる」


「通りすがりの女神様?」


「誰かさんに置いてかれて汗だくの俺へ、ハンカチを渡してくれる慈悲深い女神様だったぞ」


 言いながら嫌味ったらしく借りたハンカチで汗を拭う。


「……付き合うの?」


「すげーや。話の飛躍が隕石並にわけわかんねぇぜ」


「だって、なんかデレデレしてたから」


「した覚えはないが、あんな人を前にしたら少なからず綺麗だとは思ったけどな」


 正直な感想を述べると、美々はネコミミは立てながらボソッと言ってのける。


「……焼き鳥にしてやろうか」


「お前が言うとガチ感が強くなるからやめろ」


「でも、からあげも良い……いや、親子丼も良いなぁ」


「お前、朝食べてないから、ただ腹ペコなだけじゃねぇか」

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