第13話 審判の光
街へ戻ると同時に、空気が一変した。
門兵が目を見開き、周囲にいた市民たちがざわつく。
「黒髪の……」
「あいつ、血まみれだぞ」
視線が突き刺さる。俺もルナも返り血を浴びたまま。説明する間もなく、後ろから足音が迫った。
ギルドの職員だ。顔色を強張らせながら声をかけてきた。
「篠原レンさん……ディルハート様がお呼びです。すぐに、ギルドへ」
逃げ場なんてない。抵抗する理由もない。俺は小さく頷き、ルナと共に職員の後を追った。
⸻
ギルドに足を踏み入れた瞬間、ざわめきが広がった。
血まみれの姿は否応なく目を引き、広間にいた冒険者たちが一斉に振り返る。
「結局、異世界人は危険なんだよ」
「神獣を従えてる時点で普通じゃない」
ひそひそと囁く声が耳に届き、胸の奥に冷たい塊が沈む。
――俺は楽しんで殺したわけじゃない。
――自衛しただけだ。
何度も自分に言い聞かせ、剣の柄を握りしめた。
職員に促され、重い扉をくぐる。
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ギルドの奥に通されると、重い空気が支配していた。
分厚い机の向こうに、筋骨隆々の男――ギルマスのディルハートが座っている。
その両脇には、先ほど森から逃げ帰った冒険者三人が並んでいた。
うち一人は脚を厚く包帯で巻かれ、顔色も悪い。街に戻るとすぐ、ギルドの治療室で応急処置を受けたのだろう。
「黒髪の新人! こいつが仲間を殺したんだ!」
「神獣を使って、俺たちを襲ったんだ!」
口々に叫ぶ声が、耳障りなほど響く。
ディルハートの鋭い視線が俺を射抜く。
「……事実か?」
俺は口を開きかけ、閉じ、深く息を吐いた。
「……襲ってきたのは向こうだ。俺は、自衛しただけだ」
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その時、静かな声が響いた。
「証人も証拠もない……言い合いでは真実は見えません」
現れたのはアルヴェンだった。
長い金髪が揺れ、冷ややかな蒼の瞳が場を射抜く。
「だからこそ、教会に委ねるべきです。彼らの【真偽の光】ならば、誰であっても隠し立てはできない」
「……教会、か」
ディルハートが腕を組み、重々しく頷く。
「確かに、それなら誰も文句は言えん」
俺は小さく息を吸い込み、頷いた。
「……文句はありません。俺は嘘を吐いていない」
アルヴェンの提案に従う形でそう答えると、向かいの冒険者たちが声を荒げた。
「ふざけるな! そんなの信用できるか!」
「教会なんて、どうせ金で動いてるんだろ!」
「俺たちが正しいに決まってる!」
子供のように駄々をこねる声が広間に響き、場の空気はさらに重苦しくなった。
⸻
ディルハートの決定で、場は教会へ移されることになった。
俺はアルヴェン、ルナと共にギルドを出る。
街路を歩く間も、野次馬たちの視線が突き刺さった。血まみれのままだから当然だ。
「……教会って、そんなに力があるんですか」
歩きながら問いかけると、アルヴェンが横目で俺を見た。
「この街で唯一、公平を保証できる場所です。彼らの神聖魔法【真偽の光】は、どんな言葉でも嘘なら弾かれる。誰であっても例外はありません」
その声は淡々としていた。
少し間を置いて、さらに続ける。
「教会は治療も担っています。料金は取りませんが……“お布施”という形で金を受け取ります。重い怪我ほど額も増える」
「……結局、金がなきゃ助けてもらえないってことか」
思わず苦く笑った。アルヴェンは小さく頷いただけだった。
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ほどなくして教会へ辿り着く。
白い石造りの聖堂の扉が開かれ、荘厳な空気が流れ込んだ。
中へ進むと、祭壇の前に白衣の聖職者が待っていた。
「それでは――審問を始めます」
澄んだ声が響き渡り、聖印が掲げられる。
同時に、眩い光が頭上に広がった。これが神聖魔法【真偽の光】か。
⸻
最初に証言したのは、森から逃げ帰った冒険者たちだ。
「黒髪がいきなり襲いかかってきた!」
「神獣に命じて、俺たちを殺させた!」
だが言葉が終わる前に、光が揺らぎ、彼らの身体を弾いた。呻き声を上げ、膝をつく。
「……虚偽の証言と判定されました」
聖職者の冷ややかな声が響く。
すぐにディルハートが低く告げた。
「……虚偽が確認された以上、罰則は免れん。詳しい処分は後日決めるが――お前たちは覚悟しておけ」
冒険者たちの顔色が一気に蒼白になった。
⸻
次に俺の番が回ってきた。
「襲ってきたのは向こうです。俺は、自衛しただけだ」
言葉が口を離れると同時に、光は静かに揺れ、やがて収まった。
聖職者が頷く。
「――真実です」
その瞬間、広間の空気が変わった。
逃げ帰った冒険者たちは「嘘だ! 認めない!」と叫ぶが、誰も信じなかった。
⸻
審問は終わり、俺の行為は正当防衛と認められた。
だが、人々の視線が変わることはなかった。
「黒髪は危険だ」「神獣を従える奴だ」――そんな囁きが、今度は教会の外から聞こえてくる。
俺は唇を噛んだ。
――結局、俺はどこに行っても余所者か。
⸻
夜。宿に戻り、窓辺に立つ。
街の明かりが瞬き、遠くで人の笑い声が聞こえた。
けれど、胸の中は空っぽのままだった。
「……守るためなら、次も容赦しない」
低く呟いた言葉は、暗闇に吸い込まれていく。
「俺が血を流すか、あいつらが流すか……それだけだ」
ルナが足元に寄り添い、温もりをくれる。
だがその温かさすら、俺の心の冷たさを覆うことはできなかった。
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