第五話 初めての依頼
ギルドカードを手にした俺は、ひとまず外に出た。
手のひらのカードは冷たい金属製で、表には“REN”の文字が淡く刻まれている。
――これで正式に、異世界での身分証を手に入れたわけだ。
「まずは装備を整えなさい」
アルヴェンの言葉を思い出す。
たしかにこのままじゃ、ただのTシャツとパンツ姿の大学生だ。異世界デビューには心許ない。
街を歩いていると、武具屋らしい店を見つけた。
大きな看板には剣と盾が描かれていて、扉を開けると金属と革の匂いが鼻を突く。
中では、鎧や武具が所狭しと並んでいた。
「おう、いらっしゃい」
出迎えたのは、腕っぷしが強そうな中年の店主だった。
「新人か? 見りゃわかる。……まずは軽装だな」
店主は迷いなく棚から革の胸当てを取り出し、俺の前にドンと置いた。
「これなら動きやすいし、魔物の爪程度は防げる」
「……ありがとうございます」
胸当てを試しに装着する。見た目以上に軽い。けど、ゴツい。
「……っていうか、選ばせてくれないんだな」
心の中でツッコんだ。
さらに腰に吊るす短剣を勧められる。
「命はまず守るもんだ。これくらいは持っとけ」
短剣を手に取ると、刃は短いがずっしりとした重みがあった。
会計を済ませる。支払いは、アルヴェンから支給された新人用の大銀貨。
(……これがなかったら、今ごろ何も買えなかったな)
内心でしみじみと感謝しながら袋を受け取った。
ふと視線を横に向けると、小さな革のベルトが目に留まった。
中央に小さな護符が付いていて、魔除けの意味があるらしい。
「これ……ルナにどうかな」
「お、魔除けの首輪か。子狼にはちょうどいい」
俺はそれも購入し、ルナの首元に巻いてやった。
「きゃふっ!」
ルナは嬉しそうに尻尾を振り、俺の手に頭をすり寄せてくる。
まるで「ありがとう」と言ってるみたいだった。
よし。装備も整った。
あとは――初めての仕事だ。
⸻
武具屋を後にした俺は、再びギルドへ戻った。
装備を整えたとはいえ、まだ心細い。けれど、ここからが本番だ。
ギルドの中は相変わらず賑やかで、酒の匂いと笑い声が混じり合っていた。
掲示板に近づくと、依頼書がずらりと並んでいる。
「……薬草採取、素材集め、小型魔物の討伐……」
見れば見るほど、いかにも初心者用って感じの内容だ。
「最初は薬草採取でいいかな……危なくなさそうだし」
そう呟いた瞬間、足元から「きゃふっ!」と声。
ルナが前足で掲示板を軽く叩き、小型魔物討伐の紙を見上げている。
「……戦いたいのか?」
「わふっ!」
即答だ。
「いやいや、俺まだ慣れてないし……薬草で……」
「きゃふん!」
再び強い主張。完全に戦闘モードだ。
俺は頭を抱えつつも、受付へ依頼書を持って行った。
「こちら、小型魔物の討伐依頼ですね。……大丈夫ですか?」
受付嬢はちらりとルナを見て、少しだけ表情を和らげた。
「その子狼が一緒なら、なんとかなりそうですね」
「……はい、頑張ります」
依頼の手続きを済ませ、ギルドを出る。
その瞬間、周囲の冒険者たちの視線が突き刺さった。
「子狼連れの新人か……」
「ギルドが許可したのか?」
ひそひそ声が聞こえてくる。
居心地は悪い。けれど、ルナは胸を張って堂々と歩いている。
――見習わないとな。
街を出ると、そこには母狼がいた。
相変わらず巨大で、静かに佇んでいる。
俺とルナを一瞥すると、そのまま距離を取り、後ろからついてくる。
「……保護者付きか。まぁ、ありがたいけど」
心の中で苦笑する。安心感と緊張感が同時に湧き上がってきた。
広い草原に足を踏み出す。
青空の下、風が頬を撫でる。
「さて、これが異世界での初仕事ってやつか」
「きゃふん!」
ルナが吠え、駆け出す。
不安と期待が入り混じる中、俺の冒険が本格的に始まった。
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