第三話 門前の大騒動

母狼の背に乗って草原を駆け抜ける。

 風が顔に当たり、景色が流れていく。足音ひとつで大地が震え、まるでジェットコースターの最前列に座っているようだった。

 「やっべぇ……めっちゃ速い!」

 思わず声が出る。横では子狼が遠吠えをあげ、はしゃいでいた。


 やがて、遠くに石造りの城壁が見えてきた。

 塔、塀、門。人の営み。――街だ。

 「……本当に、異世界なんだな」

 胸が高鳴る。未知の世界に飛び込む、ワクワクと緊張。


 母狼は迷うことなく門へ向かって進んでいく。

 その巨体が近づくにつれ、街の外で荷を下ろしていた商人たちが振り返った。


 「――魔獣だっ!!」

 誰かが叫んだ。


 瞬間、ざわめきが爆発する。

 荷馬車から人が飛び降り、商人や旅人たちが慌てて門に駆け込む。

 兵士たちは慌てて槍を構え、「構えろ!迎撃だ!」と怒号が飛んだ。


 「ちょ、待て待て待て!違うって!」

 俺は背中から飛び降りて、両手を広げた。

 母狼が一歩進むたびに石畳が揺れる。

 子狼が「ワン!」と吠えると、兵士がビクッと後ずさった。


 完全にパニック。

 「これ、どうすんだよ……!」

 俺は心の中で頭を抱えた。



「何事だ!」

 低い声が響いた。

 門の上から降りてきたのは、鎧姿の隊長らしき男。年の頃は三十代後半、厳つい顔に太い眉。

 兵士たちの間に立つと、一瞬で場が静まり返った。


 「巨大魔獣を連れて何のつもりだ、若造」

 「いや、だから違うって!助けてもらったんだ、襲ってくる気配はない!」

 「口でどうとでも言える」

 鋭い視線が俺を射抜く。背筋が冷える。


 子狼が「ワフッ!」と鳴いて前に出た。小さな体で俺と兵士の間に立つ。

 隊長が目を細めた。

 厳つい顔だったはずが、その一瞬だけ、ほんのり緩んだ気がした。

 次の瞬間にはもう険しい表情に戻っていたが――俺には見えた。


 「……ふむ。その子狼はおまえに懐いているらしいな」

 低い声は変わらず威圧感がある。けれど、視線の奥に奇妙な温かさがあった。


 「そうなんだよ!だから母親も、俺を敵とは見てないんだ!」


 沈黙。数秒の緊張。

 やがて隊長は溜め息をついた。

 「……よかろう。だがその巨体を街に入れるわけにはいかん。城下が大混乱になる」

 「……まぁ、それは、そうですよね」

 母狼は静かに俺を見ていた。理解しているのか、ただ無関心なのかは分からない。

 だが敵意はない。その目が物語っていた。


 「子狼だけなら、同行を許す。登録のために名前を聞こう」

 「え、名前……?」

 俺は固まった。名前なんて考えてなかった。

 慌てて子狼の顔を見る。金色の瞳がじっと俺を映していた。

 夜空みたいに澄んで、輝いていて……。


 「……ルナ。おまえはルナだ」

 思わず口から出ていた。


 子狼――ルナは尻尾をぶんぶん振り、俺の足にすり寄った。

 その仕草で「気に入った」と分かる。

 隊長の眉がわずかに上がった。ほんの一瞬、口元が和らいだように見えたのは気のせいだろうか。


 「……ふむ。良い名だ」隊長はうなずき、手を振った。

 兵士たちが槍を下ろし、ざわめきが少しずつ収まる。


 「街へ入れ。だが規律を乱すなよ」

 「ありがとうございます!」

 深々と頭を下げる。

 母狼は門の外に伏せ、静かに見守っていた。

 ルナはその背中を一度振り返り、小さく鳴いた。母の瞳が優しく細まる。


 「……行こう、ルナ」

 俺は小さな相棒と共に城門をくぐった。


 人々の視線が突き刺さる。

 「見ろ、あの狼……」「魔獣を連れてるぞ」

 ひそひそ声の嵐。俺は額をかきながら苦笑した。


 ――異世界の生活、いよいよ本番ってやつだな。

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