12.文学少女たちのジャンクフード体験
ブティックを出た私たちは次こそ書店巡りに向かう。とはいえ時間的には先に昼食ですね。近くに良いレストランなどあったでしょうか。
「調辺さんは何が食べたいですか?」
「そうだね……ここは女子高生らしくハンバーガーというのはどうかな?」
ハンバーガー。なるほど、あまり食べる機会はありませんが、ファストフードというのは確かに女子高生らしいと言えばらしいですね。我らが月野女学園の生徒にはあまり馴染みがないですが。お嬢様というのはあまりジャンクフードを食べないようです。
近くのバーガーショップを調べてみると、聞き覚えのある名前がいくつも並ぶ。どこが一番美味しいのか、実際に食べて比較してみないことには分かりませんね。なので一番近い店舗へ向かうことにします。
「調辺さんは頻繁にハンバーガーを食べるのですか?」
「あまり食べる機会はないね。パン派でサンドイッチを好む私としてはハンバーガーも好きではあるけど、そもそも外食自体が少ないからね」
考えてみれば確かに、夕食は龍之介さんが作っているのでしょうし、休日は龍之介さんの喫茶店で過ごすことが多いらしい調辺さんにとっては外食自体が少ないというのは納得ですね。あまりアクティブに出掛ける方でもありませんし。
バーガーショップに入る。レジと厨房が一体となり上部に液晶でメニューが表示される独特の店内。チキンナゲットのソースなどが今の期間限定メニューらしい。どうやら期間限定のハンバーガーは無いようですね。
「いらっしゃいませ、店内をご利用ですか?」
「えっと、はい、店内で」
2人並んでレジに敷かれたメニューを見る。様々なハンバーガーがあり目が迷う。なるほど、ビーフ100%のパティだけでなくチキンフライやポークパティが挟まれたメニューもあるようですね。
「調辺さんはどのメニューにしますか?」
「そうだね……このベーコンレタスバーガーにしてみようかな。あ、セットもあるんだね。じゃあポテトSとドリンクはコーヒーで」
ベーコンレタスバーガーは通常のハンバーガーにレタスとベーコン、チーズを追加したもの。他のメニューに比べてヘルシーさの感じられるハンバーガーですね。
「私は……ダブルチーズバーガーセットにしましょうか。サイドメニューはポテトMでドリンクはアイスティー、ストレートでお願いします」
ダブルチーズバーガーは通常のチーズバーガーのチーズとパティを2倍にしたシンプルな定番メニューですね。間違いなく好きでしょう、私はチーズが好きなので。
店員さんが注文の確認を取って、私は会計を済ませる。2人分で1500円を切るというのはリーズナブルですね。金欠な学生の味方です。
席に座ったら店員さんが商品を運んできてくれるというので、立て札を受け取り席を探す。流石にゴールデンウィーク最終日、昼食にはまだ少し早いですが店内は混み合っている。なんとか2人掛けの席を見つけたので向かい合って座ります。
「……思ったのですが、私たちは少し場違いじゃありませんか?」
入店してからずっと、周囲から見られている感じがするのです。自分の容姿がバーガーショップのラフな雰囲気にあっていない自覚はあるので、間違いなく私は場違いだと思われているでしょう。
「視線は黒川さんが美人だからだと思うけどね」
「調辺さんはまたそうやって……」
いつも通りナチュラルに口説いてくる調辺さんに呆れて溜め息が漏れる。やはりキザなことを言いますね。調辺さんは中性的で綺麗な容姿をしていますので本当に将来ヒモ男のようになりますよ。そうなったら友人でいられるか心配ですね。
視線を感じることは我慢するしかないと諦め、心を無にしてハンバーガーが届くのを待つ。私の顔をひたすらに真っ直ぐ見据える調辺さんの視線には慣れていますが、それが一番困ります。顔が赤くならないように無心になることだけを考える。なぜこんなにも私の顔を見るのでしょうか。
「お待たせしました」
異様なほど長く感じた待ち時間の後、ようやく店員さんが商品を運んでくる。その全くブレない営業スマイルが、複数の視線に耐え続けた私を助ける救世主とすら思う。早く完食して店を出てしまえばこの居心地の悪さからも開放されますので、素早く食べてしまいましょう。
「いただきます」
「いただきます」
ドリンクにストローを刺してからハンバーガーの包み紙を剥がす。ダブルチーズバーガーという名前の通り、チーズとパティの厚みがあって口に入るのか心配になりますね。
「あ……」
覚悟を決めて勢いよくかぶりついた結果、ケチャップが頬に付いてしまいました。ハンバーガーという物自体を食べた経験が少ないので、どうしても上手く食べることが出来ない。綺麗に食べるコツなどあるのでしょうか、店内を軽く見渡しても私のように顔を汚している人は殆どいない。
紙ナプキンで頬のケチャップを拭き取り、手の中のダブルチーズバーガーを見つめてしばらく考える。外周から少しずつ食べ進めても、中心部にたどり着けばまたケチャップが出てくる。ここは一気に食べてしまってから後で汚れた顔を拭いた方が早い気もしますね。
「……なんですか?」
調辺さんが私を見てニコニコしている。私がハンバーガーを上手に食べられないことがそんなに面白いのでしょうか。
「いや、黒川さんも可愛いところがあるなと思ってね」
「……馬鹿にしているんですか?」
「いやいや、本心だよ」
まるで幼い子どもの食事を見守る親戚のお姉さんのような視線を向けられて、急に恥ずかしくなってしまう。今日の調辺さんは私を恥ずかしがらせるためにいるのかと思うほどに、私の顔は熱くなった。調辺さんは上手に食べているし、もし仮に顔を汚してしまっても上手くコミカルな感じで誤魔化すでしょうし、私だけが辱められています。
「は、早く食べ終わって書店巡りに行きますよ!」
「ふふ、そんなに急がなくてもいいじゃないか」
もう充分に恥ずかしい思いをしたので、気にせず一気にハンバーガーを食べてしまう。そして顔を見られる前に紙ナプキンでケチャップを拭く。昼食にハンバーガーを提案したこと自体もこの状況を狙っていたのかは分かりませんが、だとしたらまんまと調辺さんに弄ばれたことになる。なんというか、今日は朝からずっと調辺さんのペースで振り回されている気がします。
フライドポテトを食べつつ、一旦気持ちをリセットするために深呼吸をする。食事の後は書店を巡るだけなので流石にこれ以上恥ずかしい思いをすることも無いでしょうが、どういう状況に陥っても対応できるように心を落ち着けておく。
「ここのハンバーガーはなかなかに美味しかったね、黒川さん」
「……ゆっくり味わう暇はありませんでしたよ」
アイスティーを飲み干し、トレイを持って立ち上がる。包み紙などのゴミを捨てて手を洗いに向かう。何はともあれ、お腹は膨れましたしバーガーショップで起こった一連の羞恥の出来事は無かったことにして店を出ましょう。今日の本来の目的はこの後、書店巡りにこそあるのですから。
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