8.文学少女の胃は小さい

 2人でしばらく書庫での読書を続けていた私たちだったけど、設定しておいたアラーム音に顔を上げる。時計を見れば針は11時55分を示している。集中していて気付いていなかったけれど、そういえば少しお腹も空いていますね。


「そろそろ昼食の時間ですね。望さんが待っているでしょうし、一度リビングに戻りましょうか」


「準備がいいね。しっかりタイマーをセットしていたんだね」


「……食事の時間を忘れると望さんに叱られますので」


 過去に何度か忘れて叱られているので対策です。ふわっとした雰囲気の人ですが、意外に怒ると怖い。どれくらい怖いかというと、頭上に鬼の角が見えるくらいの怖さです。いえ、怒った時は本当に鬼かもしれない。あまり怒られることは多くないですが、少ない何度かに凝縮されて雷が落ちるのです。


 あと少しで読了といったところだが惜しみつつも栞を挟んで、外への階段を上がっていく。すると美味しそうな匂いが漂ってくる。これは……炒飯?


 リビングに入ると、望さんがテーブルに料理を並べているところだった。匂いを感じた通りに山盛りの炒飯が人数分揃っている。少し量が多いような気がするのですが。


「2人ともタイミングばっちりー! 熱いうちに食べよ!」


 望さんに促され席に着く。改めて近くで見ても量が多い。大皿に盛られた香ばしい金色の炒飯は、軽く2人前くらいの量はある気がしますね……。


「ちょっと作り過ぎちゃったけど、これくらいなら食べられるよねー」


「……望さんは食べられるでしょうけど」


 ちらりと調辺さんの顔を見る。私が知る限りでは少食な方という印象なのですが、食べられるのでしょうか。私は多分ギリギリといったところですが。


「いただきます」


 手を合わせスプーンを掴む。ひと口食べてみれば、確かに味は凄く美味しい。美味しいのですが、やはり量が多い。食べ進めていっても、減っているのか分からない程度には。やはり調辺さんが心配だ。


「調辺さん、食べ切れますか……?」


「ふふ、大丈夫だとも。私は食べ物を粗末にすることだけは駄目だと祖父から教わっていてね」


 自信ありげに笑う調辺さん。ですが普段の昼食はコッペパン1個だけだったはずなので、明らかに過剰な量だ。家では意外と大食いだったりするのでしょうか。想像できないですし、もしそうだとしたら太っているでしょうけど。私たちの普段からの運動量では到底消費し切れない圧倒的カロリーモンスター。この量を平然と食べて、それでいて一切体型を崩さない望さんは規格外ですね。


 もはや幼少期の砂場遊びが如く炒飯の山をスプーンで掘り進め、ひたすらに味わう間も無く絶えず口に放り込む姿は、端から見れば蒸気機関車のボイラーにスコップで石炭を投げ入れる様にも見えるだろう。私たちは蒸気機関車ほど燃焼が早くないので全て胃に溜まるだけですが。


「……調辺さん、顔が青いですが大丈夫ですか?」


「大丈夫……と言える限界値は超えているかな……」


「無理はしないでくださいね……?」


 残り3分の1というところまで食べ進め、そろそろ本当に大変なことになりそうなくらい汗を滲ませる調辺さん。未だに苦しそうな状態ながらも笑顔を保っているのはある意味凄いですね。私はあと少しで完食ですが、流石に調辺さんの残りまで食べるのは無理なので頑張ってください。


「我ながら美味しい炒飯だー! 2人とも美味しそうに食べてくれて嬉しいなー!」


「あはは……」


 余裕で完食している望さんに、私は苦笑いしか返せない。なんなら私たちのお皿よりも大盛りだったと思うのですが……フードファイターだったりするのでしょうか。その可能性が否定できないので困ったもの。普段の夕飯などは普通の量なんですけどね。


「ご馳走様でした……」


 なんとか私は完食。お腹が張り裂けそうな膨満感と込み上げてきた眠気を堪え、手を合わせてから調辺さんの様子を見る。若干目を潤ませ泣きそうな笑顔のまま無心でスプーンを動かしている。どこまで行っても笑顔をキープしているのが怖くなってきましたが、時折助けを求めるようにチラチラと私の方を見る調辺さんに私は困ったように苦笑するしかなかった。


 小さく呻き声を上げながら咀嚼しては無理矢理飲み込む調辺さんの皿も、ようやく終わりが見えてきた。ラストスパート、最後は口に入るだけ詰め込み水で無理矢理流し込むつもりらしい。ハムスターのように頬をパンパンに膨らませ咀嚼しながら水を流し込む調辺さん。こんなに食事に体力を使うこともないだろうというほどに息切れしながら、見事に完食してみせたのであった。


「ご、ごちそうさまでした――」


 天を仰ぎ放心する調辺さんに、私は「お疲れ様です」と心からの労いを送る。昼食を終えたらすぐにでも読書を再開しようと思っていたけれど、しばらくは休憩しないと読書に集中できる状態じゃないですね……食後のティータイムにでもしましょうか。


「調辺さん、コーヒー淹れますね」


「あー、うん、ありがとう……」


 調辺さんは虚空を見つめながら覇気無く答える。正直に言うと私も全く動きたくないほどに満腹ではあるのだけど、今日は私がホストなので動き回るのは当然の義務だと思う。どうしようもなく重い身体を引きずって、私は明日以降しばらく朝のウォーキングでもしようと決意したのであった。

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