異世界転生×ユニークスキル【戦鬼】で無双する!? ―村の守護神、やってます―

月神世一

鬼の勇者

正義の値段

その日の空は、どこまでも高く、澄み渡っていた。

非番の鬼塚正義(おにづか まさよし)は、着慣れたスウェット姿で、ありふれた街の風景の中を歩いていた。20歳。警察官になって二年。交番勤務(ハコヅメ)の日々は、理想と現実のギャップに悩むことばかりだったが、それでもこの街を守るという誇りが、彼の心を支えていた。

「今日は新作のオニギリでも買うかな。確か、ピリ辛鶏マヨみたいなのが出てたはずだ」

そんな、誰もが考えるような些細なことを呟き、彼はコンビニの自動ドアをくぐった。

涼やかな空調と、店員のか細い「いらっしゃいませー」の声が彼を迎える。その、あまりに平和な日常が崩れ去るのに、一分とかからなかった。

「おらぁっ! 動くな! 金を出せ!」

けたたましい怒声と共に、ドアベルが悲鳴を上げた。目出し帽を被り、黒いパーカーを着た男が、震える店員の額に黒光りする拳銃を突きつけていた。本物だ。遊戯銃ではない、人を殺せる鉄の塊。正義の全身の血が、一瞬で沸騰し、そして氷点下にまで冷え込んだ。

(コンビニ強盗…! クソッ、最悪のタイミングで!)

店内には自分と店員、そして強盗の三人だけ。客はいない。

正義の思考が、警察官としてのそれに切り替わる。犯人は一人、武器は回転式拳銃。体格は自分よりやや小柄だが、興奮状態にある。下手に刺激すれば、何をしでかすか分からない。

(落ち着け…俺は非番だ、丸腰だ。だが、目の前で脅されている市民がいる。ならば俺は、この瞬間も警察官だ…!)

店員が恐怖に引きつりながら、レジの金を袋に詰めている。強盗は満足げにそれを受け取った。このまま逃走してくれれば、それでいい。人命が最優先だ。

だが、強盗の瞳に宿る光は、単なる金目当てのそれとは違っていた。破滅的な、狂気の光。

「へへ…あばよ!」

強盗は金を受け取った後、何の躊躇もなく、引き金に指をかけた。殺す気だ。金を手に入れた今、目撃者である店員を口封じのために。

「危ないッ!!」

正義の思考は、その瞬間、すべての手順をすっ飛ばした。

逮捕術も、説得も、応援要請も、全てが間に合わない。

ただ一つ、警察官として、鬼塚正義として、為すべきことだけが頭を占めていた。

――市民を守れ。

彼は床を蹴り、店員の体を突き飛ばしていた。

コンマ数秒後、腹の底に、熱した鉄の棒をねじ込まれたような、焼ける衝撃が走った。

パンッ!

乾いた破裂音が、やけに遠くに聞こえる。

スローモーションのように世界が流れ、彼はゆっくりと床に崩れ落ちた。霞む視界の先で、無事だった店員が腰を抜かしているのが見える。

(…よかった…守れた…)

それが、鬼塚正義という一人の警察官の、最後の時間だった。


アナスタシア世界


意識が、深い水の底から引き上げられるように浮上する。

死んだはずだ。心臓を貫かれ、おびただしい血を流して。あの痛みと、命が消えていく感覚は、決して夢ではなかったはずだ。

「ここは…?」

正義は、ゆっくりと目を開いた。

目に映ったのは、見たこともないほど巨大な木々が鬱蒼と茂る、深い森の中だった。木漏れ日が地面にまだら模様を描き、知らない鳥の声が響いている。日本のどこでもない。いや、地球上のどこでもないような、濃密な生命の匂いがした。

「何が…どうなって…」

体を起こそうとして、彼は自分の手に違和感を覚えた。

日々の鍛錬で豆のできた、しかし、紛れもなく人間の手だったはずのそれが、今は違う。

ゴツゴツとして、一回りも二回りも大きくなった、まるで岩のような手。肌の色は血の気を失ったように灰色がかり、指先には、獣のそれのように黒く鋭い爪が伸びていた。

「な、なんだ…? この、バケモノの手は…!?」

混乱と恐怖に突き動かされ、彼はよろめきながら立ち上がった。すぐそばを流れる小川のせせらぎが耳に届く。彼は何かに取り憑かれたように、その水辺へと駆け寄った。

そして、見てしまった。

水面に映し出された、自分の姿を。

そこにいたのは、「鬼塚正義」ではなかった。

身長は二メートルはあろうかという巨躯。鋼を編み込んだような、隆起した筋肉。

人間だった頃の面影は辛うじて残っている。だが、額からは、禍々しい一本の黒い角が突き出し、耳は刃物のように鋭く尖っていた。そして何より、その瞳は、理性の色を残しながらも、捕食者のような獰猛な金色に爛々と輝いていた。

それは、御伽噺や地獄絵図で語られる、「鬼」そのものの姿だった。

「お、俺は…」

自分の喉から漏れた声が、以前よりも低く、獣のように響くことに愕然とする。

「俺は、バケモノに、なったのか…!?」

絶望的な叫びが、異世界の森に木霊した。

命を懸けて人を守ったはずの男が、人ならざる「バケモノ」になってしまったという、あまりにも理不尽な現実を突きつけられて。

鬼塚正義の、第二の人生は、そんな絶望の淵から幕を開けた。

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