二章

相沢の「俺だけじゃない」は、真実か狂気かの二択ではない。むしろそれは社会という装置のスイッチのように作用した。彼の言葉が放たれると、スイッチは誰かの手で押され、装置は動き出した。

俺は相沢と会っていた。喫茶での短い会話、封筒の受け取り、夜の淡い記憶。それらは断片でしかなかったが、断片は結合しうる。翌朝、俺はコートのポケットを探した。封筒はなかった。記憶はそこまで曖昧に切れている。酒と疲労、暗がりの混濁が俺の記憶を摩耗させたのかもしれない。あるいは封筒は最初から俺のものではなかったのかもしれない。

世間は便利な道具を手にしている。スクリーン、匿名、拡散。相沢の発言は掲示板に投げ込まれ、専門家と称する人々が解説を始めた。「複数犯説」「裏で指示した者の存在」。匿名の憶測が組み合わさり、俺という名が候補に浮かぶ。俺のソーシャルメディアには見知らぬコメントが貼り付き、家のドアノブに匿名の紙切れが掛けられる。「共犯者」とだけ赤い文字で書かれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る