僕を見ないでください。
小林一咲
第1話 振り分けのある世界
嫌いなものが多い人間は、たいてい短命だと昔から言われてきた。
だが今の時代は違う。
人類はついに――嫌いなものを「存在しなかったことにする」方法を手に入れたのだ。
正確には「五感から消す」。
視覚からも、聴覚からも、嗅覚からも、触覚からも、ついでに味覚からも――きれいさっぱり消える。
名付けて《非表示リスト》。人々はそれを、気軽にスマホを触るように操作する。
「いやぁ、便利なもんだよな」
職場の隣の席で、同僚の小川が笑っていた。
「課長の説教? 一瞬で消したよ。いやー快適、快適」
僕――早田裕作は、ぎこちなく笑って頷いた。
「……そうか。俺は、まだ誰も……」
「は? マジ? 誰も入れてないの? すげーな。俺ならストレスで胃に穴あく」
胃に穴が開いて死ぬか、罪悪感で胸が潰れるか。どっちがマシなんだろう。
僕はまだ、答えを出せないでいた。
◇◇◇◇
その日の帰り道、電車の中で、僕は奇妙な光景に出会った。
座席が、ところどころぽっかりと空いているのだ。
満員電車のはずなのに、空白だけが綺麗に並んでいる。
――そこに誰かがいた痕跡を、なぜか僕の脳は察している。
でも視界には映らない。
「非表示リスト」に入れられた人たちが、その座席に座っているのだ。
僕の隣で立っていたおばさんが、ポツリと呟いた。
「ほんと、見なくて済むのは助かるわぁ」
あたかも「花粉症の薬が効いた」程度の口ぶりだった。
その自然さに、背筋が少しだけ寒くなる。
◇◇◇◇
家に帰ると、冷蔵庫の前で立ち尽くした。
野菜室に入れておいたはずのピーマンが、見当たらない。
……いや、正確には「見えていない」のだろう。
子どものころからピーマンが大の苦手だった。
それが勝手に「非表示リスト」に入っていたらしい。
便利だ。便利すぎる。
でも僕は、ため息をついた。
――嫌いなものを全部消してしまったら、世界はどんな形になるんだろう。
そんな考えを振り払うように、冷蔵庫を閉めた。
明日も会社だ。
きっとまた、誰かが誰かを「見ない」ふりをしている。
┈┈┈┈┈┈┈┈あとがき┈┈┈┈┈┈┈┈
読んでいただきありがとうございました。
少しでも「共感した」「こんな世界嫌だ」と思っていただけましたら♡やコメント、☆をよろしくお願いします。
また、別連載も是非読んでいただけると嬉しいです!
[連載中異世界ファンタジー作品]
最弱スキル【土いじり】のせいで家を追い出されたので、森の中でひっそりと暮らしていこうと思います
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