夢はいつも思い出せない

@GeoFuruko

夢はいつも思い出せない

 いかにも秋だった。寂しげなクラシックなどでも流れていれば、様になるだろうという秋である。


 一錠、二錠…二錠が決まりだが三錠。べつに耐性ができて効き目が悪くなくなったというわけではない。「三錠」という気分なのだ。わかるかね。物語には時に、裏付けはないが雰囲気を作るための「設定」ってものがある。割と大事だ。


 私はとある路地裏の、喫茶店に足を踏み入れた。


 喫茶店と言う気分なのではなく。喫茶店に入るほかなかったのだ。思い出せばそうだった。大抵いつもそうだ。


 店主は


「またきたね」


 と言った。


「ええ」


 と私は言った。店主は、落ち着きなくグラスの「ような」ものを拭いていた。拭いていたのだ。そして、


「少し私の話をしよう」


 とため息交じりに言った。


「ええ」


 と私は答えた。もう少しましな返答はないのかと思ったが、こうするほか思考の余地がなかった。




 私は昔長い「夢」を見たことがあるんです。なんというか、奇妙な夢です。


 夢のはじまりは小さな岩穴の前ではじまりました。私は岩穴にもぐった。何故入ろうかと思ったかだなんてわからない。夢ってそういうものでしょう。「何故」だか「わからない」けれどわたしは確かに信念を持って「動いて」いる。「思考」はしていない。あらかじめ決められた物語を読み進めていくように夢の中で私は「動く」。


 岩穴の中には広大な地下都市があった。近未来的なものではなくて、なんというか、ええ。東南アジアの市場をそっくりそのまま地下に移転させた感じの場所でした。凄い熱気で、「人間」のような、人間位の背で、人間のような情動をする「気のいい怪獣」のようなものがいた「気がします」。夢から覚めて時間がたつにつれ夢の記憶は「薄れ」てゆくので、気がするといいました。わかるでしょう。


 街の中で私は「うずくまって泣いて」いました。「怖かった」と思います。いや、本当に怖かった。これは「覚えて」います。「出よう」とは「考え」なかった。そこに私と同じくらいの年の「女の子」と出会って、「仲良く」なりました。その女の子はこの街に精通していて、私に色んな「住民」を紹介してくれました。多分私はそこの親切な住民に「雇われ」て生きてゆけました。長い間そこにいたように思えます。女の子とそこの場所で沢山遊びました。住民と笑いあったり、とてもとても「楽しかった」です。「思い出」もたくさん作りました。作ったんですけれど、思い出せないんです。沢山の思い出本当に宝物だったはずだったのに、思い出せなかったんです。「宝物のような記憶」という印象しか思い出せない。まあ夢なんていつもそんなものですよね。


 


 かちゃり、と店主は私の前にコーヒーを置いた。


「ありがとう」


 と私。


「お金は良いです」


 と店主。


 私は店主の話から現実に引き戻され、居心地悪く膝をさすった。


「では、話の続きをしましょう」 




 私の夢は「長かった」けれど「終わり」を告げました。どうしてか「わからない」


 「崩壊」したんです。あちこちの「岩」がくずれました。狂気的な「ゾウ」にも追いかけられました。わたしは女の子の「手」をとって必死に走りました。「渓谷」に飛び降りたり、「虹」をくぐって、粗末な「カヤック」のようなもので川をめちゃくちゃにくだったり、それはそれは、刺激的で楽しい、逃走でした。


 私と少女は、夢の入口まできました。やっとここで、これが「夢」であることを「思いだし」ました。しかし私と女の子は夢の入口、いやこの場合は出口といったほうがよろしいか。それを「出て」しまった。そして「忘れた」そう、「忘れた」んです。今まで見ていた夢も女の子の存在も。


 そして僕は家に一目散に帰りました。女の子が近くにいたのかは「わかりません」僕は女の子のことを「忘れて」しまっているから、そして「帰る」ということに「疑問」を「感じなかった」です。


 ほらさっき言ったでしょう。


 「何故」だか「わからない」けれどわたしは確かに信念を持って「動いて」いるのだ。「思考」はしていない。あらかじめ決められた物語を読み進めていくように夢の中で私は「動く」


 


 ふう。と店主は軽く息をはいた。


 はあ。と思わず私も。




 場面は変わって私の通う学校です。「突然」場面が変わりました。私はそれに「違和感」を感じなかった。まあ、例の通りです。


 私は二つの事を「思い出し」ました。「夢」を見ていた間三カ月の時が経っていて、私はその間「失踪」していたこと。そして、夢の中の出来事を、「断片的に」ですが思い出しました。初めはぼんやりしていたのですが、ところどころ「覚えて」いるところがあって、それを「パズル」を組み立てるみたいに。組み立てて、辻褄があうように考えていたら、はっと記憶に色、音、感情が伴い思い出したんです。そして私は、そういう「夢」を見ていたのだと夢に「確信」を持ちました。あなたもそういうことあるでしょう。衝撃的な事実を思い出したような、あの感情でした。


 時間に三カ月も隔たりがあるはずなのに、私には学校に通っていた事実が、昨日のように思えました。そう、一夜眠って学校に行ったような要領で、私はいました。


 普通に友達に話しかけたら、友達との会話はとても「ぎこちなく」わたしはショックを受けました。私と周囲の間に、一夜にして隠しきれない壁ができていたら、誰だってショックを受けます。


 周りの音が遠くなってゆき、目の前の景色も色あせ、凄まじい「孤独感」を私は感じました。


 そして前に見ていた「夢」が「愛おしい」、「懐かしい」と思う感情が爆発的になり。とてもこらえられなかった。


 そして場面は変わり、前に見た「夢の入口」の、「岩穴」の前にいました。隣にはあの女の子がいました。私は「嬉しくて嬉しくて」ならなかった。きっとその女の子も、夢が恋しくなって来たのだ。と思いました。


 私たちは穴をくぐった。隙間風が人の声みたいにうなっていて「怖かった」


 そして女の子は「死に」ました。どういう経緯で女の子が死んだのかは「わからない」記憶にないんです。ただ、女の子が死んだという記憶だけが「猛烈に」あります。




「私の話は以上です」


 店主は静かに言ったが、店主の心臓の音は激しく、だんだん息が荒くなっていくのが聞こえた。


「きみ」


「きみ、何を懸命にメモしているのかね。「思い出した」ぞ!私が話している間ずっと君メモしていただろう! …なぜだ」


 店主は声を荒げた。私は書きたいことを書き終えると、メモをやめ、店主と目を合わせた。


 店主は興奮気味に続けた。


「そういや私は気づいた時からここにいて、ずっとグラスを拭いていた。それ以外に何をしようとは考えなかった! なにも思い出せなかった!私は思い出そうともしなかった! 考えることもしなかった!」

「なのに君が店に来たとき。私は君が以前ここに来ていたことを「覚えて」いたんだッ! そして君はいったい何者かと言うことを突然「考え」始めているッッ! 一体なぜだ。君何か知っているだろう! 私にはわかる!」


 ぜい。ぜい。と店主は汗をダラダラ流しながらまくしたてる。


 私は出されたコーヒーをすすり、一息ついて話し始めた。


「ちょいとあなたにはネタ晴らしをしなくちゃいけませんね。おっと声を出さないで。今は私のターンですよ。そうそう、あなたは今しゃべろうと「考える」こともできない。」


 「私は夢のシナリオ書きをやっていましてね、その名の通り、夢のストーリーを考えています。ストーリーは最近あなたが考えていること感じたことをもとに、それをパッチワークみたいにつなぎ合わせて私がつくります。これは私の構想ノート。私がこれに書いたようにあなたは夢の中で動きます。まあ、たまにあなたアドリブで動きますけれどね。ストーリーに支障があることは少なくて助かりますが。ほらあなた言ったでしょう。


 「何故」だか「わからない」けれどわたしは確かに信念を持って「動いて」いるのだ。「思考」はしていない。あらかじめ決められた物語を読み進めていくように夢の中で私は「動く」


 って。なかなか正しい表現かつアドリブね。現実世界ではあなた賢いものね、当然か。


 で、夢を終わらせるときどうするかきになるでしょ?

 うん頷いたね。まあ私がそう書いたんですけど。はあ。


 カットするのよカット。映画監督がカットする時に使う黒板みたいなやつ。これね。カチンコっていうみたいよ。卑猥な響きね。まあいいんですけど。とにかく、これをかちんってやるとあなたは夢から覚め、現実世界に戻ります。夢の事は「基本」忘れちゃいます。カギカッコに書かれたキーワードみたいに部分部分はどうしても記憶に残っちゃうけれどね。あと、現実世界のことも夢では思い出せないわ。これが私のスタンド能力(特殊能力)…って言うのは最近あなたが好きなアニメか。そういう設定で出てもよかったんだけど、私演技下手だからやめたわ。はあ。


 で、なんであなたに話しかけたのかっていうと、あなたが地下都市での記憶が離れなくて悩まされているから。だから学校で孤立する夢なんか見るのね、かわいそうに。それはいいとして、私の構想ノートにはね、作品を作るキーワードにはカギカッコをして書いてあるの。次の夢につかったりするからね。それを消しちゃえば、あなたから夢の記憶は消えちゃうわ。あなたは苦悩から解放されるわけ。どう?のる? のらない?私が口を閉じたらあなたは自由に考えてしゃべることができるわ。いくよ!さん、に…」


 いち。と私は指で言った。店主は戸惑った表情だったが、しばらく考えたのち、


「よくあんなべらべらと喋りますね」


 と言い、


「僕が悩まされている夢も、あなたが作ったのですよね…」


 と苦々しい表情で言った。ずっと夢を書いてきて、性格は把握していたつもりだが生意気な奴だ。


「言ってくれるわね。最近あなたが体験した出来事をもとにしてしか夢は書けないのよ。地下都市の夢も、確か地底旅行をあなたが読んでハマったからで、教室の夢も、あなたが地下都市のことを忘れられなくて悩んでいたからそういうシナリオになった。この喫茶店の夢は、あなたがおとといお気に入りの喫茶店を見つけられて嬉しかったからで、一度私が来たのを覚えてたってのは、せっかく私があなたに会いに行ったのにあなたすぐ目が覚めちゃって、また二度寝したからよ!で、のるかのらないかを聞いていますがどうなの!?」   


 おもわずまくしたててしまった。取引しているのだから冷静にならなくては。


 店主はすっかり考え込んでいるようだった。私は味のしないコーヒーをすする。突然こんな事実を告げられて驚かないわけないかと少し反省する。少しだけ。


 数分後、店主は口を開いた。


「あの、僕考えていたのですけど」


「なに?」


「僕が見た地下都市は夢で、女の子も実在しないってことでいいのですか?」


「そうだよ」


「じゃあ、ありもしないことに悩むのはバカバカしいので消してください」


「わかったわ」


 予想通りだったが、少しあっけない気持ちだ。私はノートを開き、キーワードを消してゆく。


「僕また思ったんですけれど」


 店主がまた何か喋っている。構わず作業をすすめる。


「以前僕、一回だけ夢を夢と気づいたことがあって」


 ん? と作業の手をとめた刹那、構想ノートが奪われる。


「君何をするッッ!」


「夢の中では僕自由に何でもできたんですよ。つまり、今コレが夢だと気づけた僕は、無敵なのでは。なんでも思うままにできる。これが、僕のスタンド〔特殊能力〕…なんてね。」


「だめだめ!ルール違反!カット!カーーーーーーーット!」




 カチンッ

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