第25話 税のバグを直せ!

朝。

机の上に山積みになった帳簿を前に、僕は頭を抱えていた。


「……これはもう、“書類”という名の怪物だな」


どれも父上の署名入りで、意味不明な出費が並んでいる。

“井戸復旧記念花火:五百金貨”“パン再生研究費:八百金貨”“祝賀祭予備費:無制限”


「……無制限ってなに?」


セバスが静かに答えた。


「旦那様の経済哲学でございます」


「哲学で経済崩壊するのやめて!」


リリィが勢いよくドアを開けて飛び込んでくる。


「若様ー! 今日のお手伝い、どこからやればいいですかー!」


「どこっていうか、全部火の海だよ」


「はいっ! じゃあ消火活動から始めます!」


「文字通りじゃないからぁぁ!!」



僕はペンを取り、帳簿をめくりながら考えた。

要するに、支出と収入のバランスが崩れてる。

数字の羅列は、もはや呪文か暗号だ。


「若様ー! パン代が“国家機密費”になってますよ!」


「何それ!? 誰が隠したの!?」


「きっとセバスさんです!」


「濡れ衣です、リリィ様」


「じゃあ……父上か」


「旦那様にございます」


「やっぱりぃぃ!!」


僕は深呼吸した。

冷静に考えよう。混乱するだけでは何も進まない。


「まず、不要な支出を整理しよう」


リリィが手を挙げる。


「はいっ! “お祭り費”はどうしますか!?」


「消して! 即削除で!!」


「でも、みんな楽しみにしてますよ!」


「僕の胃が死ぬ方が早い!!」


「じゃあ“花火費”は?」


「消して! 屋敷が燃える!!」


「“パン改良研究費”は?」


「父上の趣味だから消して!!」


「“リリィの掃除道具補充費”は?」


「……それは必要」


「やったぁ!」


セバスがため息をついた。


「若様、削りすぎると旦那様が“経済停滞だ!”と騒がれますぞ」


「じゃあ、ほどほどに削ろう……父上がギリ泣くくらいに」



昼下がり。

僕とリリィは、帳簿の山と格闘を続けていた。


「この“領民感謝記念碑費”って、もう三回出てるよね?」


「はいっ! 毎回“建設中”って書いてます!」


「永遠に建設中じゃん!」


「でも、看板だけは立ってるそうです!」


「看板しかないのかぁぁ!!」


リリィが不思議そうに首をかしげる。


「若様、これって……どうして数字が合わないんでしょう?」


「簡単だよ。父上が“勢いで計上”してるからだ」


「“勢い会計”……かっこいいです!」


「悪い意味でね!!」


セバスが冷静に紅茶を置いた。


「若様、もしよろしければ、私が魔導計算機を持ってまいりましょう」


「そんな便利なものがあるの!?」


「はい。旦那様の発明品でございます」


「……もう嫌な予感しかしないけど、使うしかないか」



魔導計算機は、想像以上に禍々しかった。

黒い鉄製の箱に、なぜか角が生えている。

中央には“笑っている魔眼”のような装飾。


「……これ、計算より魂抜き取るタイプじゃない?」


「安全です! たぶん!」とリリィ。


「“たぶん”の段階で不安しかない!」


セバスが操作方法を説明した。


「このボタンを押して、数字を入れてください」


「わかった。えーっと、税収は五千金貨で……」


カチッ


「認識完了……再計算開始……」


箱の目が光り、低い声が響いた。


『支出:無限。収入:微量。結果:地獄。』


「いやぁぁぁぁ!! 言葉で刺してこないで!!」


「若様、計算機は正直ですな」


「正直が過ぎるんだよぉ!!」


リリィが慌ててボタンを押す。


「わ、私が調整しますー!」


ブンッ


「おおおおお!? 目が回ってるぅぅ!!」


「それ、動かしたらダメなやつぅぅ!!」


バチィィィン!!


爆音とともに煙が上がった。

計算機は見事に沈黙した。


「……動かなくなった」


「リリィ、触った?」


「はいっ! “かわいいボタン”があったので!」


「デザインで選ばないでぇぇ!!!」


セバスはため息をつき、机に新しい帳簿を置いた。


「では、手計算で参りましょう」


「アナログ最強ぉぉ!!」



夕方。

一日の格闘の末、帳簿はついに整理された。


「ふぅ……なんとか、黒字ギリギリ……!」


リリィが涙目で拍手する。


「若様! やりましたね!」


「ほんとに、奇跡的に終わった……」


セバスが静かにうなずく。


「素晴らしい成果でございます。旦那様もお喜びになるでしょう」


……その瞬間。


バァン!!


勢いよく扉が開いた。

例の豪快な声が響く。


「アル! 聞いたぞ! 財政が立て直ったそうだな!」


「はい……なんとか……」


「よし、ではその記念に祝典を開こう!!」


「またぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「名付けて“財政回復祭”だ!」


「絶対やめてぇぇぇ!!!」


リリィがきらきらした目で言った。


「わたし、パン焼きます!」


「ダメぇぇぇ!!!」


父上は満面の笑みで叫んだ。


「明日は盛大に盛り上がるぞぉぉ!!!」


僕は机に突っ伏した。


――この家、祝うたびに赤字になる。

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悪役貴族に転生したけど、魔法がコードにしか見えないのでデバッグしてたら最強になった件 Ruka @Rukaruka9194

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