第31話「緊急クエスト発生」

 町中にカンカンと響く、警戒けいかいを知らせるような不穏ふおんな鐘の音。


 一人の青年が走りながら叫んだ。


「鬼の襲来しゅうらいだー!」


​ 先ほどまで活気に満ちていた城下町は、一瞬にして混沌こんとん恐怖きょうふに包まれていく。


 人々が走り回り、混乱こんらんうずが広がる中、僕とコンは呆然ぼうぜんと立ち尽くしていた。


​「……え? なにこれ……?」


 僕が困惑こんわくの声をらすと、エイプリルフーラーさんが、事態じたいを冷静に分析するように話し始めた。


​「これは【ヒノモト城下町防衛戦】だね。この町特有のイベントで、定期的に鬼の軍勢ぐんぜいが攻めてくるんだ。NPCの侍たちが防衛して一定時間でいなくなるんだけど、冒険者も一緒に戦うことができる」


 エイプリルフーラーさんは、周囲の混乱をまるで他人事のようにながめている。


「……鬼の大将は【夜霧坊よぎぼう】だ。今まで二回だけ大レイドで討伐されている強ボスだよ。初代が赤で二代目が青。今の三代目は緑色だね」


(豊富なカラーバリエーションだな……)


​ 状況を把握はあくしたコンの表情が、一瞬にして真剣なものに変わった。

 先ほどまでの無邪気むじゃきさは消え、巫女みこ服に身を包んだその姿からはどこか神聖しんせい気迫きはくただよう。


​「マオ、鬼のところに行ってみよう」


 コンは僕の腕をつかむ手に力を込め、真っ直ぐに鬼の出現方向を指差した。

 その瞳には強い意志が宿っている。


「そうだね……エイプリルフーラーさんはどうしますか?」


 僕がたずねると、エイプリルフーラーさんはにこやかに肩をすくめた。


「俺はちょっと用事があるから、ここで抜けるよ。また遊ぼうな、二人とも」


 そう言い残すと、エイプリルフーラーさんは人混ひとごみにまぎれるように、あっという間に姿を消してしまった。


(行っちゃった……すごく自由な人だったな)


​ 二人になった僕とコンは顔を見合わせ、深くうなづいた。


 そして悲鳴ひめい怒号どごうが響く騒動そうどうの先、ヒノモト城下町の外へと向かって僕たちは走り出した──。




​ 城下町を飛び出すと、目の前には広大な平原が広がっていた。


 城下町の入口では大勢おおぜいの侍たちが抜刀ばっとうし、防衛線ぼうえいせんを張っている。


 その彼らの視線の先、遠くの方から「ドドドッ」という地響じひびきを立てながら、鬼の軍勢ぐんぜいがこちらへ迫ってきていた。


​「マオ、あの走ってきてるのが鬼だね? 話し合えばきっと街をおそうのを止めてくれるよ。止めにいこう!」


 コンは真っ直ぐに、襲来しゅうらいする鬼の方を見つめた。その瞳にあるのは純粋じゅんすいな優しさだ。


 その時、頭の中に無機質むきしつなアナウンスがひびいた。


​《緊急クエスト【ヒノモト城下町防衛戦】が発生しました。参加しますか?》


​ アナウンスが終わると同時に、世界の時間がピタリと止まった。


 僕の目の前に、半透明のウィンドウが浮かび上がる。

 【参加する】【参加しない】という二つの選択肢。


(コンも乗り気だし、僕たちなら戦わないで解決できるかも……!)


 僕が意を決して、【参加する】の項目を指でタップすると、止まっていた世界が再び動き出す。


 喧騒けんそう地響じひびきが戻り、風が肌を撫でた。


「そうだねコン。もしかしたら、なにか理由があっておそっているのかもしれない」


 僕とコンは目を合わせると力強くうなづいて、二人同時に走り出す。


「待て! 無茶むちゃだ!」

「戻りなさい!」


 侍たちの静止の声が飛ぶが、僕たちはそれを振り切り鬼の軍勢ぐんぜいへと向かって走り出した。




​ 彼らの前まで辿たどり着くと、鬼たちはその歩みをピタリと止めた。


 その数は……百人以上はいるだろうか。赤や青の肌をした様々な鬼たちが、禍々まがまがしい武器を手にこちらをにらみつけている。


 その中央に立つひときわ巨大な緑色の鬼が、地を揺らすような低い声でたずねた。


​「我は鬼の大将【夜霧坊よぎぼう】だ。なんだ、お前らは?」

「私はコンだよ。あなた達はどうして人間たちの街をおそうの? ……仲直りできないかな?」


 コンは鬼の大将の前にひるむことなく進み出て、真っ直ぐに問いかけた。


 しかし大将はフン、と鼻を鳴らす。


​「仲直りだと? ケヒャヒャヒャ! 我らはただ、人間を蹂躙じゅうりんしたいだけだ。弱きものを踏みにじるのが、我らの喜び! 他に理由などないわ!」


​(これは……人間への純粋じゅんすいな悪意だ。こういうモンスターもいるのか……)


 僕の知る限り、モンスターにはそれぞれ縄張なわばりや生態系があり、明確な理由なしに人間をおそってはこない。


 だけど目の前の鬼の言葉からは、理屈を超えた根源こんげん的な悪意しか感じられなかった。

 全てを見下すその下卑げびた表情は、どこか浅峰あさみね彷彿ほうふつとさせる。


​「コン、話が通じないみたいだ。逃げよう!」


 僕がコンの腕を引こうとすると、コンは首を横に振った。


「でも、このままじゃお団子屋さんが危ない……。どうしてもっていうなら、私が相手になるよ」


​ コンの言葉と共に、巫女みこ服の袖からあわい光があふれ出す。


​「グルルルル!」

「殺せェ!!」


 鬼の軍勢ぐんぜい咆哮ほうこうを上げながら一斉に僕たちに襲いかかってきた。


 しかしコンは動じない。


「皆ごめんね──【破邪はじゃ天光てんこう】」


 彼女が両手を広げ白い光を放った瞬間──押し寄せてきた鬼の軍勢ぐんぜいはまるで砂のようにザァッと吹き飛び、光の粒子となって消えていった。


​「ケヒャッ!?」

「な、なんだとッ!?」


 残った鬼たちが動揺どうようする中、コンは軽やかに地を蹴った。


 巫女のコンは踊るように鬼の攻撃をいなし、神聖しんせい白光びゃっこうまとった体術で次々に鬼を撃破げきはしていく。


 その動きはしなやかで恐ろしいほどに速い。


 鬼の刃が触れることはなく、コンが動くたびに鬼が光の粒子となって消滅する。


(すごい……コンってこんなに強かったのか……!)


​「クソッ! 炎よ燃え盛れ!」

「氷の檻よ、囚えよ!」


 残った鬼が次は一斉に魔法を放つも──それらはコンの前で、何事もなかったかのようにかき消えていく。


​「【九尾きゅうび神衣しんい】……私に、魔法のたぐいは効かないよ」


 コンの踊るような戦闘。そして気が付いた頃には──残すは鬼の大将【夜霧坊よぎぼう】のみとなっていた。


​「お前……本当に人間なのか……?」


 彼は目の前の少女の圧倒的な強さに、恐怖に震えながら後ずさる。


「私はただの……お団子が大好きな女の子だよ」


​「──ッ! ふざけるなァ!!」


 その言葉に【夜霧坊よぎぼう】は赤い目をギラつかせ、巨大な棍棒こんぼう渾身こんしんの一撃を放ってきた。


 その攻撃をコンが軽やかにジャンプして避ける。


 ──空中へと舞い上がった巫女姿のコンが、その両手から白い光を放った。


 一瞬にして光が【夜霧坊よぎぼう】を包み込み、大きな煙が巻き起こる。


 煙が晴れた時、そこにはもう何も残っていない。光の粒子だけがコンを包むようにキラキラと幻想的に舞っていた──。





​《緊急クエスト【ヒノモト城下町防衛戦】を達成しました!》

《クエスト達成ボーナスとして、【討伐経験値】を70,000ポイント獲得しました》

《成長テーブル【神獣しんじゅうステージⅡ】適用。経験値が規定値きていちに達しました。キャラクターレベルが 66 から 68 に上がりました》

《ジョブ【通訳】のレベルが 33 から 34 に上がりました》

《ステータスポイントを 10 獲得しました。自動割振を行います》

《称号【城下町の守護者】を獲得しました》

《称号効果:【ヒノモト城下町】での友好度が上がりやすくなります。また、侍系NPCからのクエスト受注率が微量に上昇します》

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