第4話 黒髪の魔法使い

 あっちに行ったりこっちに行ったりしたあと、ハクたちはやっと森の奥にポツンと建っている家に辿り着いた。

「や、やっと着いた…、この森、ほんとに広いんだね…」

「いや…十中八九ハクが寄り道しまくったせいだろ…」

「記憶にないな」

「記憶力無さすぎだろ。どっかに頭ぶつけて都合の悪いことだけ忘れた都合のいい主人公か」

「…ん?何か、音がしませんか?」

よく耳を澄ますと、どこからかダムダムと音がする。

「誰かいるのかしら?」

ハクたちがそっと庭の方に回ると、そこには素早い動きでバスケットボールをつきながらシュート練習をする茶髪の少年がいた。

まだ幼く見えるものの、身長的にランディとピュートよりは年上だろう。

少年のあまりに速い身のこなしに、ハクたちは思わず拍手をした。

「すごーい!プロの選手みたい!」

「動きに迷いがないですね!」

「えっ、えっ!?ど、どちら様!?」

「初めまして。驚かせてすまなかったな。私はハクと言うものだ。この家に、ユムという黒髪の魔法使いはいないか?」

「ユム?姉のこと?そもそも、ハクさんたちは一体…?」

「君の姉に用があるものだ。怪しい者ではない…と言ってもまぁ信じてはもらえないだろうが、助けを借りたくて来たんだ」

「は、はぁ…。とにかく、姉に用があるのならどうぞ」

少年はボールを拾い上げ、ハクたちを家の中に招いた。

「ねぇねー!お客さんだよー!!」

「えー?ちょっと待ってもらってー!」

上から声がした直後、2階へ続く階段から黒い長髪を後ろで1つの三つ編みにした、14,5才の少女が降りてきた。

「すみません!お待たせしました!私はユムと言います。初めまして」

「初めまして。私はグレイシアというの。この子たちはランディとピュート」

「私はハクという」

「オレはデュネル。よろしくな!」

「突然押し掛けてごめんなさい。貴女が運や占いのことについて詳しいと聞いて、訪ねさせてもらったの」

「運に占い…。そうですね。占いはそこまで得意ではありませんが、運のことについては存在ひとよりかは詳しいかと。ケイ、お茶を入れて」

「はーい」

「どうぞおかけになってください。…あ、イス全然足りない」

ユムは4つのイスを見て、大慌てでイスを持ってきた。

「慌ただしくてごめんなさい。お客さんが来ることなんて滅多になくって」

「いや、押し掛けたのはこちらだからな」

「気にしないでくれよな!」

「そう言ってもらえるとありがたいです」

「お茶どうぞ」

「ありがとう!ねぇねぇ、君、名前は何て言うの?」

「ぼくはケイ。君は?」

「ぼくはピュート!こっちはランディだよ!」

「初めまして」

ピュートが笑って言い、ランディが礼儀正しく頭を下げる。

「改めて…私が魔法使いのユムです。こっちが弟のケイ。さて、用件をお聞きします。皆さんは、なぜ私のもとに?」

「実は…私の運について聞きたくてな」

「ハクさんの運…ですか?」

「ハクはね、すっごく運が悪いんだよ!」

「不運ってこと?」

「あぁ。生まれた時からずっと運が悪くて、それこそじゃんけんで1度も勝ったことがないほどの不運なんだ。だが、私は今までずっとそれが普通だと思っていた」

「こいつの話聞いてると普通が何か分かんなくなるんだよなぁ」

「ぼくはそもそも、普通なんてないと思いますけどね」

「ランディ達観しすぎじゃね?」

「…変な話だということは私も分かっている。けれど、一週間ほど前からパタリと不運が起きなくなったんだ。そのせいで、ひどく調子が狂うようになってしまってな」

「運が良くなると調子が狂う、ですか…。そういう事例は聞いたことがないですね…」

「ねぇねぇ、今さらだけど魔法使いってどんなことしてるの?」

「うーん…それはその存在ひとによるとは思いますが…基本的には魔法の研究や新しい魔法の開発、1つの魔法を極めたり、存在ひとによってはまだ見ぬ魔法を探し求めて旅をする方もいるんだとか」

「へぇ〜、結構色んなことやってるんだなぁ。ユムは何をしてるんだ?」

「私は魔法の研究と、1つの魔法を極めています。たまに新しい魔法を開発することもありますよ」

ユムはそう言いながら、ピンと人差し指を立てた。

その瞬間。

「おおお〜!!!」

「すごーい!キレイ!」

ユムの指先から、実体のない長が数匹飛び立った。

「魔法とは…こんなこともできるのだな…」

天井の近くをふわふわと飛ぶ色とりどりの蝶たちを見ながら、ハクは穏やかに呟いた。

そんなハクを、ユムは不思議そうに見つめている。

「ハクさんとグレイシアさんは…獣人族とエルフ…ですよね?私は存在ひとの3倍ほどの魔力を持っていますが、お2人はそれより遥かに多い魔力を持っているはず…。お2人共魔法は使われないのですか?」

「私は獣人族ではあるが、妖力は存在ひとの半分ほどしかなくてな。軽い治癒術くらいしか使えないんだ」

「私も魔法の研究はするけれど、魔法自体はそこまで使わないのよ。使うとしたら、皿洗いの魔法くらいかしら?」

「たまにお皿ピカピカだったのは、グレイシア様のお陰だったんですね!ありがとうごさいます!」

「皿洗いの魔法とかあるんだー…」

「オレもびっくりー…」

「なるほど…ハクさん、魔力が存在ひとの半分なんですね…。不運との関係…。すみません、少し席を外しますね。本を取ってきます」

ユムが足早に2階へ駆け上がり、グレイシアはふとお茶をすすっているケイに聞いた。

「ねぇ、ケイ君、ユムちゃんは…あなたのお姉さんは、一体何の魔法を研究しているの?」

「えーっと…なんだっけ…。確か…存在ひとから不運を取り除く魔法…だったかな?」

存在ひとから、不運を取り除く…?」

ハクとグレイシアが顔を見合わせる。

「はぇー、魔法って便利なんだなぁ」

「ランディ、洗濯物の魔法とかお掃除の魔法とか教えてもらったら?」

「教えてもらっても使えなきゃ意味ないでしょー?」

「それはそうだけどー」

ニコニコと笑うピュートとランディを見て、ケイは口を開いた。

「ねぇ、2人はこの3人の中の誰かの弟なの?」

「え?ううん。違うよ」

「ぼくらは、グレイシア様の部下なんです」

「部下?子供なのに?」

「関係ないよ!ぼくらは、やりたいからやってるんだ!」

「グレイシア様はとてもお優しい方なんです。いつもぼくらのことを気にかけてくれて、守ってくれるんですよ」

「ほんとに、ぼくらにはもったいないほど良い主様だよ。ね〜、ランディ」

「その通りだよ」

「ふぅん。ランディ君とピュート君は、グレイシアさんのことが大好きなんだね」

「「大好き!」」

「〜〜〜〜〜っ!!!」

「グレイシア、分かった。嬉しいのはよく分かったから背中を叩くのはやめてくれ」

「はははっ!ランディとピュート、めっちゃ無意識にグレイシアの心射抜いてんじゃねーか!」

グレイシアが嬉しさ半分照れ半分でハクを揺さぶり、ハクはお茶をこぼさないよう必死になり、デュネルはツボって笑い転げている。

そんな3人には興味を示さず、ランディとピュートはバスケットボールに釘付けになった。

「ねぇねぇ、バスケットボールって重い?」

「どういうルールなんですか?」

「2人とも、バスケしたことないの!?」

「ないよ。テレビで流れてる試合をたまに見るか見ないかくらい」

「えー!もったいないよ!あんなに面白いのに!ボール、触る?ドリブルしてもいいよ」

「どりぶる、ですか?」

「こうやって、ボールをつくこと。バスケでは、ドリブルしながらじゃないとボールを持ったまま走れないんだ」

ケイはボールを軽く落とし、前で2回、後ろで3回ついて見せた。

「すごーい!!プロみたい!」

「こんなの、バスケやってたら誰でもできるよ。でもまぁ…ありがと」

ケイは、照れながらも笑った。

「ケイ様、もっとバスケットボールについて教えてくれませんか?」

「いいよ。シュートもルールも技も、何でも教えてあげる。外行こうよ。ゴールもあるし」

「行く行く〜!」

「行きたいです!…グレイシア様、ハク様、よろしいですか?」

「いいわよ。いってらっしゃい」

「怪我がないように気を付けてな」

「あとでオレも行こっかな〜」

「デュネル君ここにいなさい」

「はいはーい」

「はいは一回」

「てめぇはオレの親か!…そういや親にそんなこと言われたことねぇや」

首をかしげるデュネルはともかく、楽しそうに外に出ていくケイたちを見て、ハクとグレイシアは顔を見合わせ笑った。

「さすがはランディとピュートね。すぐケイ君と仲良くなってる」

「2人とも、ほんとに人見知りしねぇよなぁ。コミュニケーション力高くて羨ましいぜ」

「デュネルだって、大体誰にでも声をかけるだろう?」

「いやー、前にポイ捨て注意した存在ひとが超絶いかついヤクザ殿でよ。舌打ちされただけで済んだけど若干トラウマになってんだよなぁ」

「君は一体何をやってるんだ…」


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月世界 ハクと笑顔の魔法〜十人十色の存在らしさ〜 狛銀リオ @hakuginrio

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