第一話 胸に秘めた違和感
戦艦ルーンネトラ。
それは、ハクが率いる巨大な戦艦。
ハクには、7人の部下がいる。
約1名を除くハクの部下たちには今、共通の悩みがあった。
「…最近、ハク様の様子がおかしいですよね…」
「元々口数が多い方ではなかったけど、最近は特に口数が少ないよなぁ…」
「さすがアーリアとシャル。気付いてたんだね。ぼくも一応、声はかけたんだけど…」
ルディは困ったように、ハクとの会話を思い出した。
『ハク様、最近元気がないようですけど…大丈夫ですか?』
『…ん?あぁ、大丈夫だ。少し考え事をしていただけだから、気にしないでくれ』
『でも…』
『本当に大丈夫だから。少し考え事をしていただけだ。だから、そんなに心配そうな顔をしないでくれ。な?』
ルディはハクのあの笑顔を思いだし、ため息をついた。
「何度聞いても笑って、のらりくらりと誤魔化されちゃうんだよね…」
「…オレも、聞いてもダメだった」
「ハク様、最近気配が揺れてるんだよね〜。多分だけど、何かに迷うか、それとも悩んでるんだと思うよ」
「ワドはそういうのが分かるからいいよなぁ。羨ましい」
「シャルは気が利くからいいじゃん。オレはそういうのに関しては全然向いてないからね〜」
ワドの軽い調子に苦笑しながらも、アーリアは話を戻した。
「でも、心配ですよね。…とはいえ、今のハク様は私たちじゃ絶対に揺らぎませんよ」
「…大人に頼んでみるとか?ナセア先生に頼めば、きっと…」
ナセアは戦艦ルーンネトラの医師で、無茶をするハクをちゃんと怒ってくれる唯一の大人だ。
「それだ!善は急げ!オレ、ナセア先生に頼んでくる!」
「私も行きます!」
元気なアーリアとシャルを見て、残った3人はほっこりとした気持ちになるのであった。
…数分後、何とも言えないような表情をしたアーリアとシャルが、これまた何とも言えないような顔をしたナセアを連れて帰ってきた。
「う、うーん…見るからにダメそうだね…」
「…ナセア先生でもダメだったのか…」
「今回のハク様はずいぶん頑固だなぁ。そんなにもオレたちに隠したいのかなぁ?」
「くっ…。上手いことかわされ、いなされてしまいました…。明らかに様子はおかしいのに、今回のハク様は何かが違いますね…」
悔しがるナセアを横目に、ルスがボソリと言った。
「…ハク様は強く、優しい方だ。これ以上深入りしようとすれば、心配をかけないようにと完全に弱さを隠してしまわれるのでは…?」
「「「確かに…」」」
ルスの冷静な言葉に5人が頭を抱えていたちょうどその頃…
「ハク様、失礼します。飲み物を持って…って、もう…」
本に埋もれて身動きがとれなくなっているハクを見て、部屋に入ってきたオクト船長は呆れ半分に苦笑した。
「ハク様…ちゃんと片付けないからこうなるんですよ〜」
「すまない…助かった…」
オクト船長に本をどかしてもらい、ハクは身を起こして礼を言う。
「コーヒーを入れてきました。ハク様、もう何時間も続きで仕事をしているでしょう?本は私が片付けておきますので、休んでいてください」
「いいのか?すまないな。…あ、美味しい」
「それはよかった。…それはそうとハク様、最近アーリアに…いえ、ほとんど全員に問い詰められてません?何かしたんですか?」
「いや…特別何かをしたと言うわけではないのだがな…。少し気になることがあって…。一日中考え込んでしまうんだ」
「そうですか〜」
オクト船長は穏やかにそう言いながら、本を片付けている。
ふと、ハクの心に1つの疑問が浮かんだ。
「そういえば…船長はあまり私のことに関して深く干渉しようとはしてこないよな。やはり、私のような生い立ちを話さない怪しい者と深く関わるのは嫌か?」
言い終わってから、ハクはハッとした。
しまった。
ついうっかり思っていたことをそのまま言ってしまった。
船長が私に干渉しないのは、何か考えや思いがあってのことかもしれないのに。
(ダメだな…やはり、妙に調子が狂う…)
ハクは顔をしかめ、ため息をついた。
ここ数日、ハクは自覚するほど様子がおかしかった。
普段は絶対に漏らさない本音がついうっかり出てしまったり、感情の制御が上手くできなくなったり。
それもこれも全て、誰にも言えない、けれど確実な違和感のせいだ。
ハクがオクト船長に謝ろうとしたその時、彼は返答した。
「そんな訳ないじゃないですか。話したくないことを強要されるほど辛いことはありませんからね。私は、ハク様が自分から話してくださるのを待つのみです」
平然とそう言うオクト船長に、ハクは驚きを隠せなかった。
「船長…さすがだな…。
「オクトという人生は1周目ですよ♪」
笑いながらそう言うオクト船長に、ハクもつられて笑ってしまう。
「それはともかく…追求が嫌なのなら、私からアーリアたちに言っておきましょうか?」
「いや…いい。心配をかけてしまっているのは事実だからな…。そろそろ、本腰をいれて隠さないと…」
「無理に隠す必要はないと思いますけどねぇ。ハク様は今、困っているのでしょう?」
「…なぜ分かる?」
「まぁ、かれこれ13年の付き合いですからね。何となくですよ。困るというか不安というか…。何とも言えない違和感のようなものを抱えているんでしょう?」
「…全く、船長には敵わないな。ご名答だ。とはいえ、明確な根拠がない故に誰にも言えなかったんだ…」
「感情や違和感の理由を全て答えられる
その言葉は、一体どれだけハクの心を軽くしたのだろう。
「…実は、最近妙に調子が狂うことが多いんだ。そのせいで、いつものように振る舞えなくてな…」
「なるほど。調子が狂う、ですか…。何か、心当たりはないのですか?」
「…ないと言えばウソになる。だが…」
ハクは持っていたコーヒーカップを机に置き、不安そうな顔になった。
そんなハクに、オクト船長は笑って言った。
「ハク様、どんなことを言われても、私は笑い飛ばしたりしませんから。根拠も確信もいりません。私が欲しいのは、ハク様自身の答えです」
「オクト船長…。…実はここ最近、全く不運なことがなくてな。これまでの人生、不運がなかった日なんて長くても1日だったんだ。だが、さすがに1週間ともなると…妙に胸がざわつくんだ。私は今まで、平和な日々の後で大事件に巻き込まれたり、大切な
ここまで言うと、オクト船長も察したようだ。
「不運、ですか…。確かにハク様は、初対面の
「あぁ…」
ハク様の性格は、私もよく知っている。
とても優しく、何事にも慎重で仲間や部下に対してはかなりの心配性。
それなのに自分を大切にできず、いつも怒られている。
そして何より…
出会った最初の頃は、自分が都合の悪い話になると話を上手くすり替えられて大変だったのを思い出す。
「ハク様が心配されているのは、どちらかと言えば事件よりも誰かが危険な目に遭うことですよね」
「あぁ…そうなんだ…。アーリアやシャルたち…グレイシアたちも…私のこの平和な日々が、誰かの危険なことへの前触れだと思うと、気が気でなくてな…」
ハクは疲れたような顔をしてコーヒーをすすった。
「そうですねぇ…。不運…危険への前触れ、ですか…。運に関しては、私も知識がゼロですからね…って、ん?」
オクト船長は、ハクの部屋の本棚にあった一冊の本を手に取った。
「ほぉ…『端麗魔導書』…ですか。ハク様、魔法に興味があったんですね」
「うーん、まぁな。1ヶ月前くらいにグレイシアに借りて、どれも無理そうだったから読むのをやめた。そろそろ返さなければな…」
「…あ、本を返すついでに、グレイシア様に今回のことを聞いてみればどうですか?魔法か何かで、原因を突き止めてくださるかもしれませんよ」
「そうだな。グレイシアは魔法にかなり詳しかったはずだ。本を返すついでに、少し話してくるか…」
ハクはオクト船長から本を受け取り、立ち上がった。
「船長、コーヒーと話を聞いてくれて、ありがとう。少し心が軽くなった。少し出掛けてくる。艦内のこと、頼んでもいいか?」
「はい。お任せください。…ハク様」
「ん?」
「何も気にせず、ゆっくりしてきてくださいね」
「…ありがとう。本当に。君のような心優しい者が私の部下でいてくれて、心から誇らしいよ」
「光栄です。ハク様、いってらっしゃい」
「あぁ。…いってきます」
ハクはオクト船長に笑いかけ、本を持ってルーンネトラを出た。
その表情は、ほんの少しだけ晴れやかだった。
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