第8話 ルル

「ルル」


釣り池の際に立ち、スケッチ。


今日は、カルガモの数が多い。

夕方になると、あちこち散らばっていたのが、

ここへ集まってくる。


描き時だ。


水面を行くもの、池の縁に上がってくるもの

同類が多すぎると喧嘩も始まる。

近づくとつっつき、追い回す。

水面上で翼を大きく広げ、首を長く突き出して、

相手の羽をくちばしで引っ張る。

ちぎれてとれる小羽根が散らかる。


動きが激しい、

クロッキーという手法で、早描きする。

何がなんだか、わからないものとなって、

紙面はぐちゃぐちゃだ。

しかし、鉛筆が紙の上を走る音が、

私は、気に入っている。

ますます楽しくなる。


水上戦も区切りがついたようだ。

上陸。

草地に集まりはじめる。

鳥使いが、たべものをあげ始める。

自然で、何もしていないように見える。

巧みだ。

ここは、カルガモの国となる。


ひとり遅れて来たカルガモ、怪我をしている。

左足の蹼が一部分ない。 赤くはれている。

丸い目を少し横に細く歪ませている。 

痛いんだ。

目には涙がたまっているようで、潤んで見える。

痛いんだ。

緑の草上を赤い傷ついた足で、不自由にゆっくり、

外側にけり出して、足を運んでいる。 痛いんだ。

何があったのだろう。


数日後、再会。


庭園内の道を他のカルガモにまじって歩いている。

左足の蹼がちぎれて無いのが、目印となっている。

まだ少し痛むのか、体をわずか傾ける。

赤い色は落ち着きはじめてはいる。


その色が、赤い珊瑚に似ている。 コーラルレッド。

カルガモに名前をつけた。 

ルル。

ルルは、いいモデルになってくれた。

何度も出会うことができ、そして、一つ作品ができる。


庭園池上流の水の穏やかな場所で、

中岩に、蹼をなくした足を下腹の羽の中にしまい込んで、

片足立ちするルル。

まだ若いカルガモらしく、胸の羽が小さな三角形を散りばめ、

きらきら輝き、透明感さえある。


そして、黄金の鳥となる。


ルルひとり描かせる力 呼び起こす

惹きつけるもの なんにもまして

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