第3話「誕生」

「親父さん、失礼しますよ」


 どれも同じような外観の丸太小屋に見えるけれど、魔法使い様はなんの迷いもなく村の中を進んで目的の丸太小屋へと辿り着く。

 魔法使い様が中にいる職人に挨拶を済ませると、私も中に入るようにと魔法使い様に手招かれた。


「これはこれは、魔法使い様……に……」


 重厚な木の扉が開かれる際に、木が軋む音が響いた。

 扉の向こうから顔を出したのは、白髪が混じりの灰色の髪をした初老の男性だった。

 知り合いの魔法使い様が訪ねてきたことに笑みを深めたものの、魔法使い様の後ろに控えていた私に不思議そうな眼差しを向けてくる。


「まさか、魔法使い様に恋人が……!」

「弟子です」


 魔法使い様の口から弟子という言葉が出てきたことに、顔が赤らんでくるのを感じる。

 まだ弟子らしいことが何もできていないのに、私を弟子と紹介してくれたことに喜びを感じてしまった。

 でも、そんな魔法使い様の優しい気遣いに甘えるわけにもいかず、私はすぐに顔を整えて職人に挨拶をする。


「初めまして、魔法使いフールの弟子。エルミーユと申します」


 私からの挨拶が終わると、職人は朗らかな笑みで私たちを迎え入れてくれた。


「旬の玉ねぎを使ったスープが、こんなにも美味しいなんて……」

「お弟子さんに気に入ってもらえて、嬉しいですよ」


 ポルダ家の外に出てからというもの、美味しいと感じられる食べ物に多く出会ってきた。

 多くと言えるほど数は口にしていないけれど、口にする食べ物、口にする食べ物、すべてが美味しすぎて体重の増加という人生初めての悩みに遭遇しそうだった。


(あの日、公園で支給されたスープには栄養価を考えた野菜が入っていた……)


 下働きの食事は栄養が偏っているということを、アルバーノ様はよくご存じということらしい。

 下働きの両親の元で育った子どもが、長く生きられないということも話にはよく聞く。


「魔法使い様は、召し上がらないのですか」

「先に、料理以外の家事を魔法で片づけたいなと……」


 私たちが訪れた丸太小屋に住んでいる職人さんは、硝子工芸というガラスを用いた工芸技術をお持ちだと伺った。

 職人さんの相手を私に頼んだ魔法使い様は、魔法の力で掃除や洗濯といった家事を器用に完璧にこなしていく。


「魔法使い様は、ときどき荒れた生活をなんとかしに訪れてくれるんですよ」


 魔法を使った家事代行に魅せられている職人さんが、私の知らない思い出話を聞かせてくれた。


「生活が荒れてしまうということは、それだけ硝子工芸に情熱を注がれているのですね」

「お恥ずかしい限りではありますが……魔法使い様のおかげで、好きなことに没頭させていただいております」


 魔法は、滅びゆく力。

 その魔法の力を家事のために利用するなんて贅沢すぎることなのかもしれないけど、魔法使い様はそういった魔法の使い方を不快には思っていない様子だった。

 魔法が滅びゆくという現実を冷静に見つめ、弟子と称した私にすら甘えるという言葉を知らない。

 こういうところが魔法使い様らしくもあり、お師匠様らしくもあるけれど、頼ってもらえないのは、やはり寂しい。


(私にも、魔法を使うことができたら……)


 器用に魔法を操りながら、掃除と洗濯を同時に進めていく光景は圧巻だった。

 水魔法や光魔法が楽しそうに飛び交っているのに、食事を進めている私たちには何も危害が加わらない。

 魔法は人を傷つける力にもなりえるというのは周知の事実だけど、やはり私は人に力を貸すための魔法を使ってみたいと思う。


(残されている家事は、食器洗い……)


 魔法使い様に告げた通り、私は魔法を使うことができない。

 でも、魔法を使うのに血筋といったものは一切関係がない。

 ある日、突然、魔法の力が開花するという事例は数多くある。


(必要なのは、水を操る力……)


 私には、意思がある。

 私に料理を振る舞うために活躍してくれた調理道具と食器を、綺麗に洗浄したいという想いが私の中に存在している。


(洗剤は、何魔法……?)


 魔法使い様の手伝いをする力が私にあるのかは分からないけれど、ほんの少しでも手伝いをしてみたいと思う。


(うん、でも、魔法で食器を洗うっていうイメージが浮かんできた)


 私という存在が加わることで、滅びゆく魔法の命が一日でも長く延びますように。

 そんな願いを込めて、流し台へと目を向ける。


「おお! さすがは魔法使い様のお弟子様」


 魔法使い様のお弟子様という言葉遣いが正しいかどうかは置いておいて、私が頭で想像した通りに水魔法が調理道具と食器を綺麗にするために活動を始めていく。


(やった、成功)


 ついさっきまで魔法を使うことができなかったはずなのに、こんなにも予想通りの動きを見せてくれる水の働きに感謝の気持ちを抱く。

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