第6話「求婚」
「っ」
瞳を伏せた瞬間に、刃物が床に投げ捨てられた音が会場に響いた。
アルバーノ様の手によって、イシルが持っていた刃物が振り払われた音だった。
ナイフが床に落ちたタイミングで衛兵たちが駆けつけ、衛兵たちは私とイシルを取り囲んだ。
すると、アルバーノ様は衛兵たちに下がるよう命じる。
「っ、アルバーノ様っ」
ナイフに触れた際に傷ついたアルバーノの手から、血が流れ落ちる。
「これくらいの傷なら、そう慌てる必要は……」
持っていたハンカチーフで止血しようと真っ先に動こうとしたけれど、身につけていたネックレスがゆっくりと姿を消し始める。
(魔法が解けかかってる……)
それでも私は、止血を優先した。
血が止まったのを確認すると、会場から抜け出るために足を踏み出す。
「申し訳ございませんでした」
そのまま手放してくれたら良かったのに、アルバーノ様は私を追いかけて手を掴んだ。
「アルバーノ様、お放しください」
身につけていた手袋の魔法が解けてしまう。
手袋を掴んでいたアルバーノ様が私を再び捕まえることはできず、私は隙を見て外へと急いだ。
「待ってくれ……っ!」
大階段を下っていると、ガラスの靴が片方脱げてしまった。
ここまで物語の通りに事が進んでしまって、もう笑うことしかできない。
(でも、魔法でなくなってしまうのなら……)
自分が身にまとっているものは、すべて消えてしまう。
そう思った私は、ガラスの靴を置いて城を出た。
「魔法は解けてしまったはずなのに……」
眠る場所くらいは確保できている倉庫で、私はガラスの靴を見つめていた。
古びた倉庫では外から太陽光が入り込んできて、ガラスの靴をより一層輝かせるために太陽の力を十分に発揮させる。
「どうしておまえは、私のところに残ってくれたの?」
木箱に腰かけ、膝上には持ち帰ることができた片方のガラスの靴に問いかける。
よくよく考えると、物語の世界でもガラスの靴だけは魔法が解けたあとも残っていた。
もしかすると私にも奇跡が起きて、ガラスの靴だけは手元に残ってくれたのかもしれないと自惚れた。
物語の主人公になれたかのような高揚感は、舞踏会で何も成果を残すことができなかった自分の心を救ってくれる。
(このあとの展開は……)
王子様は捜した。
あの日、出会ったあの女性を。
手がかりは、たった一つ。
彼女が落としていったガラスの靴。
(このままアルバーノ様の元に嫁ぐことができたら……)
王子様は捜した。
このガラスの靴のサイズに合う女性を。
(私にスープを与えてくれた恩人さんに会えるかもしれない……)
外が騒がしいことに気づき、外の様子を確認するためにガラスの靴を手に倉庫の外へと出る。
玄関口まで歩を進めると、アルバーノ様と彼が引き連れた家来がポルダ家を訪れている様子が視界に入る。
(恩人さんに会えるなら、好きでもない人と結婚のひとつやふたつ……)
アルバーノ様たちを追いかけて、屋敷の大広間へとやってきた。
今日も私は柱の陰から、物事の成り行きを見守る。
(勇気のない私に、妻の座が務まるわけ……)
恩人さんに会いたいという願いは、スープを恵んでくれたときから強く抱いている。
でも、その願いを叶えることができない。
私は、家族に嫌われることが怖い。
おまえは、もういらないと言われることが私は怖い。
「アルバーノ様! 先日の娘の件をなかったことにしてくださり……」
「今日伺ったのは、ポルダ家のご令嬢に試してもらいたい物が……」
「なんなりとお申し付けください!」
父がアルバーノ様の応対をしていると、家来は私が城に置いていったガラスの靴を大事そうに運んできた。
「このガラスの靴を持った女性がポルダ家にいると伺っています」
「またうちの娘が何か失礼なことを……」
ガラスの靴の片方を手にしていると、自身の心臓が高鳴り始めるのを感じる。
「あのとき私に刃物を差し向けた女性も、この屋敷にいらっしゃるということですよね」
アルバーノ様の言葉を受けて、持っていたガラスの靴を背後に隠してしまう。
(恩人さんに会うために、好きでもない人の元に嫁ぐなんて……)
物語のような展開が訪れることを、私は望んでいない。
私は今日まで、恩人さんと再会するためだけに生きてきたのだから。
「あの……」
私と似たり寄ったりで、部屋を覗き込んでいただけだったイシル。
アルバーノ様の言葉を受けて、申し訳なさそうな表情を浮かべながら広間へと足を踏み入れた。
「あなたが抱えてきたものを、どうか私にも一緒に背負わせてほしい」
奇跡は、起こった。
ガラスの靴が手元に残ったような奇跡が、ここでも起きた。
「夫婦として、共に新しい幸せに築いていこう」
イシルは、アルバーノ様から求婚を受けた。
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