第50話 簡単には決断出来ない


 俺は部長室に戻ると社長から言われた事を反芻していた。片桐専務の後か。専務が社長になった時、白石常務が専務になる。香坂常務は外に出される。


 それだけなら別に構わない。だが、その後だ。俺が社長になって考えている事を実現するには、今の内から志を同じにする人間と関係を持て、人脈を作れと言っていた。


 白石専務は自分が社長になるだろうと思っている。それとも浅井社長から専務迄と言われるか。いずれにしろ俺の敵になるか味方になるかまだ分からないな。


 それも大変な事だが、あのお嬢さんを守って欲しいとも言われた。妻にしろという事だろう。

 だが、その意味の裏には浅井家の血を絶やさないという大きな意味を含んでいる。


 俺には麗子がいる。お嬢さんとは比較する事が意味ない位、優秀で素晴らしい人間だ。出来れば麗子を妻にしたい。


 しかし、麗子は問題を抱えている。次期MRI改変プロジェクトを彼女主導で実施するなら、もう俺は彼女との結婚を諦めるしかない。


 その代りが理香子さんとは随分かけ離れたものだ。あの人は結婚しても飾りでしかないだろう。


 俺の事を理解出来るとは思えない。でも麗子が来年半ばで辞めると決めるなら話は元に戻る。


 だが、社長があそこまで俺に言って来たという事は社内で既定路線化する可能性がある。麗子との事、もっと考える必要があるな。


 浅井会長、片桐社長になった時、俺と浅井一族との間はどうなっている。専務、常務、本部長の席をどうするつもりなんだ。

 俺は出世という事に興味が無かっただけにその辺の事を気にしないで仕事をして来た。


 頭の中で考えているパズルの穴が空きすぎている。もっと情報を集めるしかないな。


 

 いつもの様に土曜日午前九時、麗子が俺の部屋にやって来た。午前十二時まで愛し合った後、麗子が


「俊樹、私来年半ばで辞める事にした」

「その次の事は?」

「会社には現在のプロジェクトの第三臨床試験が済み次第、出社拒否して退職願を出すと言ったの。

 形としては本部長以上の役職の預かりになっているけど、あの会社は次期プロジェクトは諦めるわ」


「麗子はそれでいいのか?」

「うん、私は仕事よりあなたとの未来を選ぶ」

「そうか」

 麗子が決断したか。ならば俺も決断するしかないな。


 シャワーを浴びて食事をした後、また愛し合った。


 §アイスバーグ・麗子

 これで俊樹の妻になる事が出来る。嬉しくて堪らない。彼も私の決断を喜んでくれた。彼と結婚すればこうして毎週末通う事も無くなる。後、たったの半年の我慢だ。



 次の日、麗子を駅まで送って行った。彼女は嬉しそうな顔をして改札の中に入って行った。


 

 俺のやりたい事をやらせてくれる会社は大事にしないといけない。立場などどうでもいいが、それをする為には種馬になる覚悟が必要だ。

 

 しかし、俺が妻にしたい女性は麗子一人。何とかこの難問を解決するしかないな。そして地ならしもしないといけない。本業は得意だがこっちは苦手だ。やはり霧船を傍において手伝ってもらうしかないか。



 それから一ヶ月後、来年度に向かっての人事通達が有った。その中に香坂常務の関連会社転籍が載っていた。


 そして医療DX企画本部長が常務取締役に昇格。俺は医療DX企画本部長になる。まだ三十代でこの重厚な会社の本部長とは俺自身が恐れ入る。


 霧船は俺の後を継いで部長だ。本人が驚いていたが、あいつにはまだまだやって貰わないといけない事がある。


 新体制への移動はまだ一カ月先だが、社内はもう新体制に移行していくだろう。一般社員の移動発表はもっと先だが、薄々気付くのが会社の組織だ。


 これはあくまで社内通達だ。外部への公式な発表はもっともっとずっと後だ。


 香坂常務とは随分会っていない。そして連絡も来ない。多分薄々知っていたんだろうな。

 

 俺のセクレタリの香坂涼香は完全に肩を落としている。自分の夢が消えた事を理解したのだろう。

 資料作成は金子さんに頼む事にしている。今のこの人では全く役に立たない。


 §香坂涼香

 お父様が関連会社の社長に転籍する事になった。専務の椅子のレースに敗れたみたいだ。


 私には何の辞令も降りてきていないが、間違いなく俊樹さんのセクレタリからは外される。


 首になる事は無いと思うけど。これで俊樹さんの妻になるという希望は夢に変わった。


 私がもっと早く自分自身の行いの間違いに気付けばよかったのかも知れない。そうすれば希望は夢ではなく現実になっていた。




 仕事をしていると珍しくプライベートの方のスマホが震えた。画面を見るとなんと浅井理香子さんだ。


 彼女からは毎週会いたいとか言われたけど、仕事の忙しさを理由に辞退した。だからバーに一回連れて行った時以来会っていない。今度はどんな用事だ?


 スマホの応答にタップして

『はい、剣崎です』

『私が掛けたんだから、もっと早く出なさいよ』

 やれやれ、何も変わらないか。



『と言うのは嘘よ。俊樹さん』

 どういう事?


『俊樹さん、お忙しいのは知っていますが、また会いたい。今日は時間有りませんか?』

 随分下手だな。偶には会ってやるか。


『良いですよ。前と同じ場所と時間で良いですか?』

『ううん、今日は私が会社の一階で待っている』

『えっ、どうして?』

『お父様にそうしなさいと言われた』

 社長はどういうつもりだ。まさか…。


『分かりました。では午後六時に一階のゲート前で』

『はい、お待ちしております』


 俺は電話を切ると浅井社長の意図が見えた。今回の人事通達の意味を社員に知らせる為だ。


 理香子さんと俺が一階で会えば、馬鹿でもない限り意味は理解出来る。俺が将来どうなるかを周知させるつもりだろう。


 しかし、自分自身だけでなく、周りにも自分がやっている事を上手く示せという事か。俺の様な人間に人脈作りか、中々難しいな。


 だが俺と理香子さんの関係を知った白石常務はどう出て来るかな。自分に社長の目が無い事を理解するだろう。



―――――

次話エピローグです。

皆様の☆☆☆が投稿意欲のエネルギーになります。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。宜しくお願いします。

新作を投稿しました。

「モテない俺の恋愛事情 彼女に振られた俺が静かにしていたら学校一の美少女が俺に近寄って来た」

https://kakuyomu.jp/works/822139838042275716

読んで頂けると嬉しいです。

宜しくお願いします。

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