第48話 難しい問題


 金曜日の夜、社長のお嬢さんから啖呵を切られた俺はもうあの人と会う事も無いだろうと思っていた。


 麗子は土曜日いつもの様に午前九時に俺の部屋にやって来て、午前中愛し合った後、

「俊樹、仕事の事だけど」

「……………」

 何を言いたいんだ?


「部長とも話したんだけど、私の代わりになる人はいない。私が今回のプロジェクトだけで辞めて貰うのは大変困ると言われたの」

「酷いい方だけど、辞表を提出して出社しなければ二週間で辞表は有効となる。退社手続きには多少支障は出るだろうが辞める事は出来る」

「俊樹、私がそんな事出来る人間で無い事は知っているでしょう。俊樹も仕事を優先で良いと言ってくれた」


「それは一年も前の話だ。あの時は半年位で退社すると思っていたが、今のプロジェクトの目途が立つ迄と言って来年半ば迄延びた。

 そして今度は更にそれから二年延びる事なる。切りがないじゃないか。それを待ってもまた何か出て来るとしか思えない」


「そんな事無い。絶対にそんな事させない。もし出たらその場で辞める」

「だったら、今のプロジェクトで辞めても同じじゃないのか?」

「俊樹、私はあなたと一緒に暮らしたい。待てないなら今から同棲してもいい」

「麗子、冷静になれ。ライバル会社の社員同士だからこそ、君が完全に今の会社との関係を絶ち切らないといけないから待つと言っていたんだ」

「じゃあ、どうすればいいのよ。教えてよ」


 麗子が俺の肩に顔を当てて泣いてる。俺だってこの人だったらと思っている。でも延びて、延びてまた延びたら、その先も延びる可能性は高い。永遠に待つつもりはない。


 この日は、彼女の会社の事で揉めたけど、部屋を出て行く事はしなかった。一度シャワーを浴びて一緒に昼食を摂り終わった後、麗子は俺の体を要求して来た。


 俺もそれに応えている。彼女の体は今迄付き合った女性の誰よりも相性がいい気がする。


 §アイスバーグ・麗子

 今は俊樹に抱かれている時が一番幸せを感じる。仕事の件は納得してくれなかったけど俊樹と別れるなんてそんな事は絶対に出来ない。


 私の体は俊樹だけの体になっている。他の男なんて受け入れる事は出来ない。もう一度部長と話すしかない。




 俺は、月曜日の午前中三つの定例会議を終わらせて部長室に戻るとまたPCの画面がメールアラートを表示していた。直ぐにメールボックスを開くと社長からだ。

『医療DX企画本部企画部長剣崎俊樹。

 本メールを確認次第、社長室に来る様に』


 俺がメールを確認すると読んでいたメールは自動消去された。俺は直ぐに部長室を出てセクレタリの香坂さんに

「社長室に行って来る。戻り時間は不明だ」

「分かりました」


§香坂涼香

 俊樹さんに振られて以来、会社で仕事の話をする以外はプライベートで会う事は無くなった。寂しくて仕方ない。


 お父様はお互いが落着くまで待てとか言っているけど、俊樹さんは一泊して体を合わせる程の人がいる。もう私のチャンスは無いのだろうか。


 それにあの女性は一体誰?知る事も出来ない事にジレンマを感じる。このまま俊樹さんとの関係を消えさすなんて私には出来ない。



 俺は、急いでエレベータに乗って社長室のある階に行くとエレベータのすぐ右側にあるデスクのセクレタリに

「浅井社長の呼出を受けてまいりました医療DX企画本部企画部の剣崎です」

「お待ちください」


 彼女のデスクにある固定フォンで確認すると

「社長がお待ちです。お入りください」

「ありがとうございます」


 俺は社長室の前まで行ってドアをノックしてから開けて中に入ると二十畳は有るのではないかと思う位の大きな部屋の窓側に浅井社長が座って居た。


「剣崎君、忙しい所済まないね」

「いえ」

「早速だが、一つ聞きたい事がある」

「何でしょうか」

「君はこの会社の主力製品であるFMRIを今後どういう方向に持って行きたいのか聞かせてくれないか」


 いきなり凄い事を聞いて来たな。


「今から話す事は私個人の考えである事をご了承下さい」

「うむ」


「今リリースしていますAI支援機能付きFMRIですが、AI支援機能付きではなくFMRIその物にAIを組み込み、AIが今迄学習して来た医療情報を元に被対象者の体をスクリーニングして未発症の病巣を見つけ出しそれを医師グループに情報提供出来る様にする事です。


 将来的にはFMRIではなく別の技術で遺伝情報から被対象者が将来発病する病気も見つけられればと思っています。


 これによって、先天的、後天的な病気を発見して発病する前に治療すれば、白血病や癌さえも恐れる病気ではなくなります。未知の病気も発見出来る可能性もあります」


 社長が腕を組んで黙ってしまった。五分か、十分か知らないが長い間考えた後、


「今の組織では君の希望は実現出来ないな。どうすればいい」

「今の医療DX企画本部とMRI機器本部の統合が必要です。ソフト面においてもファーム面においても有機的に統合させ本部間の意思の疎通を阻害しているいくつもの会議を無くす事が重要です」


「また、凄い事を言ってくれるな」

「先に申しましたように私の個人的な考えです。実現したいとかという意味ではありません」

「しかし、非常に魅力的で発展的な考えだ。我が社の主力商品であるFMRIもやがて時が経てば古いガラクタになるのは目に見えている。だからこそ君の様な将来を見据えた人間が我が社には必要なんだよ」

 何考えている。


「どうかね。君の考えを直ぐに実現するのは無理だが、徐々に地ならしをする事が必要だ。

 片桐も君の事を高く評価していたが、彼の見込んだ通りだな。片桐の次は君が社長になれ。そして君の思いを実現してくれたまえ」


「いきなりの望外なお言葉ですが、私ごときにその様な大役が務まるとは思いません。ご再考願います」

「剣崎君、会社は一人では動かないのだよ。だからこそ、君の上に、君の横にそして君の下に志を同じにする人間を集めるのだよ。君程の人間なら私が言っている事は十分に理解出来るだろう」

「それは、お嬢様の事も含めてですか?」


「察しがいいな。あの子は自分の立場をよく理解していてな。近付く男を下にしか見ていない。

 だが、自分の立場を理解しているという事は自分よりも優れている人間には従順になるものだ。


 今はじゃじゃ馬娘の様に好き勝手をしているが、私の前で君の事が好きだと言って来た。とても恥ずかしそうにな。


 驚いたよ。三十二才まで男を下にしか見ていなかった娘がそんな事を言いだすとは。

 だからこうして君と一度会って見たくなった。仕事だけでなく女性に対しても才があるようだな。

 娘を君の器量で守ってあげてくれ。決して君を邪魔する様な事はしない」


 なるほど、おまけ扱いか。



「浅井社長、望外なお言葉を頂きました。今回の件、少し考えさせてくれないでしょうか?」

「勿論構わない。それとだ。これはまだ他言無用だが、香坂常務は関連会社の社長として移籍させる。セクレタリの娘は総務部に転属させる。これで社内の事で頭を悩ます必要はなかろう。

 外の件は君が片付けてくれた前」


 麗子の事を知っていたのか。


「そうだ、今度一度食事でもしないかね」

「承知致しました」


 これほどの会社の社長ともなると目を付けた人間の素行調査などとうに済んでいるという訳か。

 そろそろ真面目に考える必要がありそうだな。


―――――


皆様の☆☆☆が投稿意欲のエネルギーになります。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。宜しくお願いします。

新作を投稿しました。

「モテない俺の恋愛事情 彼女に振られた俺が静かにしていたら学校一の美少女が俺に近寄って来た」

https://kakuyomu.jp/works/822139838042275716

読んで頂けると嬉しいです。

宜しくお願いします。

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