第42話 出世よりも研究職
俺は、お昼を久しぶりに霧船と食べた。
「剣崎、色々忙しそうだな?」
「ああ、シリーズ化も順調に進んだ。そろそろ一区切りつけたい所だ」
「しかし、お前は凄いよ。AI支援機能付きFMRIを世に出したと思ったら間を開けずに機能毎にシリーズ化して市場に出すんだものな。
他の医療機器メーカーに勤めている俺の知り合いが、奴はMRIが担当ではないけど、自分の所まで影響が出ていると文句言っていたぞ」
「どういう意味だ?」
「そいつは血液検査機器担当なんだが、MRI部門の売上がガタ落ちで、自分の方にノルマを上げろとか言われているらしい」
「そんなにか?」
確かに医療業界には相当にインパクトが有ったのは知っているがそれ程までとは。麗子の会社もMRIを開発販売している会社だ。実際どうなのだろうか?
「ところで剣崎、香坂さんとはどうなんだ?」
「ああ、振ったよ」
「なに?常務の娘だぞ。仕事に影響は無いのか?」
「全然影響は出ていない」
流石に香坂常務から言われた事は話せない。
「そうなのか」
普通なら常務の娘を振ればそれなりに影響が出るはずだが、流石だな。剣崎の今の立場を考えれば常務でも好きに出来ないって事か。
俺は霧船とお昼を食べた後、オフィスに戻るとセクレタリの香坂さんが
「剣崎部長、片桐専務がお呼びです。お戻りになり次第専務室に来る様にという事でした」
「分かった」
専務が俺に何の様だ?
俺は、専務室の前まで行くとそこに居たセクレタリに
「医療DX企画本部の剣崎です。片桐専務がお呼びという事で参りました」
「少々お待ちください」
セクレタリが確認を取っている。俺が来るのはこの人も知っているはずなのにチェックが厳しいな。
「専務が中でお待ちです。お入りください」
ドアをゆっくりと開けて中に入ると本部長以上の重厚な雰囲気の部屋だった。
「剣崎、参りました」
椅子に座って窓から外を見ていたが、こちらに振り向くと
「剣崎君か、良く来てくれた。まあ座りたまえ」
俺は指示通り専務の大きなデスクの前にあるソファに座ると専務も俺の反対側のソファに座った。少しして先程のセクレタリがコーヒーを持って来た。
セクレタリが出て行くと
「剣崎君、大分人気者の様だな?」
「……………」
意味が分からず黙っていると
「香坂常務と白石常務からラブコールが凄いと聞いているぞ?」
その事か。
「ラブコールという程ではありませんが、声は掛けられています」
「そうか」
口数少なく俺の顔をジッと見てから
「取敢えず、コーヒーでも飲みたまえ。彼女の入れたコーヒーは美味いぞ」
「ありがとうございます」
口につけると確かに美味しかった。しっかりとドリップされたコーヒーだ。自販機のドリップコーヒーではない。
「剣崎君、君も知っていると思うが、我が社は先々代が創業して以来、代々創業家が社長を継いで来た。私は、今の会長の甥でね。社長が退任して会長になったら私が社長につく事が決まっている。
だが、香坂常務も白石常務も創業家の血筋ではない。二人のどちらかが専務に就くにしても社長にはなれないんだよ。私の言っている意味が分かるかね」
「申し訳ありません。私の頭では理解出来ません」
「ふむ、聞いている通りだな。君は出世に興味無いと聞いていたがその通りみたいだな。社長は君を高く評価している。いずれはこの会社を背負っていける人間だと」
何を言いたいんだ。
「君はまだ若い、そして優秀だ。若いが故に溢れるばかりの才能で今回の市場を座巻した検査機器を生み出したんだろう」
何を言いたいのか俺には全く分からない。
「剣崎君、これはあくまで将来の話だ。記憶から失くしても良いが、聞いてくれ。
創業家は代々技術者としての道を歩んで来た。そしてそれを支える為に優秀は営業部門を立ち上げた。
君は非常に優秀な技術者だ。創業家としては君の血が欲しいのだよ。社長に三十を少し超えたお嬢様がいる。
少し気が強いが頭は優秀で容姿は申し分ない。いずれ君と結婚して君にこの会社を継いで貰いたい。この話は社長も知っている事だ。
そこでだ、君が支援する常務を次の専務にしたいと思っている。いずれ君が社長になった時、その時の専務のお気に入りの常務が専務になっているだろう。だから今の内に扱いやすい人間を選んで欲しいのだ」
俺は何か凄い事を言われている気がするのだが今一つ要点が飲み込めない。話が飛躍過ぎているからだ。
「片桐専務、お話が飛躍しすぎていて私の頭では理解出来ません。私は昇進より社会の為に現在のAI支援機能付きFMRIをもっと進化させた検査機器を開発して行きたいと思っています。
白石常務も香坂常務も会社にとって功績のある重要な方達。どちらか一方を応援するという気持ちは有りません。
片桐専務が仰られた過分なお言葉は驚きとしか言いようが有りません。私の様な者にその大任が務まるとも思いません」
「直ぐにと言っている訳ではない。取敢えず社長のお嬢様と会ってくれないか?」
§
噂に聞いてはいたが、純粋の技術者の様だ。出世に興味を持たず、一途に自分の信じる道を進む。
彼の様な人間は扱いやすい。彼を社長にして会長である私の指示に従わせる。それで経営は上手く行くだろう。
いずれ社長のお嬢様との間に男の子が生まれれば、世継ぎの問題も無くなる。そして社長の椅子はまた創業者一族の血で守られる。
その時の為にも次期専務の椅子を白石にするか香坂にするか決めて貰わないといけない。専務になったら自分が社長になるのは当然と思っている様な輩では困るからな。
俺は専務室を出た後、自分の部屋に戻る前にリラクゼーションルームに行って、紅茶を頼んだ。
ここはこのビルに入っている会社の社員で会員登録した人だけが入れる所だ。俺は片桐専務の言っている事を整理したかった。どこまで本当か分からないが、
香坂常務か白鳥常務を専務に据える。
俺は社長のお嬢様と結婚し、創業家の一員となる。
現社長が会長に着き、片桐専務が社長になる。
その後、片桐社長は会長に退き、創業家の一員である俺を社長に据える。
俺が社長になった時、扱いやすい専務でなければいけない。その為に今の内にどちらかを選べ。
多分その後は、社長のお嬢様と俺との間に出来た子供を次期社長に据える。これによって創業家の血筋が元に戻るという訳か。
またとんでもない事を押し付けられたものだな。俺は創業家の血を守る為の種馬という訳だ。研究所の一研究員で良いのに。
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