異世界転生したので飲食店をつくろうと

@yats

第1話てんせい



 転生に気づいたのは5歳頃だった。


前世のおかげで「そう」いった事態をすんなりと飲み込めた一方で、知らないはずの概念や思い出せない固有名詞などの情報が脳内で錯綜してしまい、知恵熱を出してぶっ倒れた。

3日くらい寝込んでいたようで、正直危うかったらしい。

その時、別の事情で隣で寝込んでたのがルーク。その後動けるようになってからは、こいつとよくつるむようになった。


ここは第七迷宮都市セブンスという、迷宮を中心に発展を遂げた都市の、そのひと区画にある孤児院である。労働もあるが食事も出るし学習の時間もあり、急に生えてきた知識と比べても意外とまともに面倒を見てもらえてる。

ということで俺も孤児ではあるようだ、細かいことは知らんけど。

 

迷宮、ということから想像つくように、この世界は探索者シーカーによる命懸けの討伐や狩猟、冒険も経済を回しているファンタジックな環境であり、発現した特殊能力を活かし英雄を目指す者たちが各地から集まってくるため第七迷宮都市は常に賑わっている。

かくいう俺も、十歳の「お祈り」で【氷結】の「祝福」を授かった。


……とはいえ、そのとき掌に生み出せたのは、拳大の氷がひとつきり。不思議パワーで飛んでいくわけでもなく、何かに当てようと思ったら自分で投げつけねばならない始末。

ひと通りファンタジックな記憶上のテンプレを試してみてから、俺は早々に、「英雄になる未来」を諦めた。

ちなみにツレのルークの「祝福」は【剛力】である。カッコ良いしそれっぽい。使い勝手が良さそう。転生している分精神年齢は絶対に俺の方が上なのだが、悔しくて枕を濡らしたのを覚えている。



12歳になると、仕事の一つとして、迷宮内1階層での薬草類採取が言い付けられるようになった。迷宮関連を維持管理している探索者ギルドにて1階層浅層での採取のみ許可される「ペッカー」という仮免許扱いの許可証を発行され、指示を受けた草花や木の実などを探して持ち帰る。初めて訪れた時は、まずその人の多さに驚いた。

入り口の前には、これでもかというほどの行列や露店、身なりの違う連中がひしめいていて、めちゃくちゃ人いるなーとかこれ中も満員でひしめき合わねーのかなーとか思っていたのだが、いざゲートをくぐって中に入ると、まるで国立公園のような、見渡す限りの広大な不思議空間が広がっていた。さもありなん、というか、その落差に面食らったのが今では懐かしい。希望者には、採取区画から先に進むための「ルーキー」ランク許可証を発行し見習い探索者シーカーとしての活動登録を許可する旨、孤児院長より話もあった。

だがある日の帰り道のこと。たまたま深層から戻ってきたと思しき探索者シーカーの一団とすれ違った。彼らが引きずっていた魔獣の異様な大きさ。そして全身が血まみれの、文字通りの戦場帰りといった姿を見て……登録はやめておくことにした。うん。完全にビビった。それはもう、否定しない。


一方ルークはと言えば、「祝福」の運用も安定してきたようで、早々と「ルーキー」許可証を取得して探索を開始し、比較的小型ではあるものの魔獣を持ち帰るなど孤児院の運営へ貢献していた。可食部位は食事の際にちょっとした彩りをもたらしている。外ハネ金髪に碧眼という端正な顔立ちに加えて、引き締まり始めた体格と高身長も相まってまるで主人公のようなオーラを醸し出すようになっていたのだが、「祝福」との相性から選んだ武器が鍛冶屋の隅に転がっていた鉄パイプであるせいで、まったく嫉妬も起こらないし、嫌いじゃない。オモシレー奴だ。



俺はこの頃より、明確に「自分がどうなりたいか」を思い描くようになっていた。そして時間の許す限り、そのための行動を、できるだけ目立たないように重ねていった。黒髪黒目の薄汚れた孤児院のガキにもこの都市は優しくいろんな場面で助けられている。もちろん、「祝福」の練習も一応は欠かしていない。自慢の能力に育ちつつあるが、考えようによっては、いまの俺にもそれなりの“殺傷能力”はある。けれど、それを人に向けるとなると、前世の記憶のせいもあるかどうしても強い忌避感が湧く。だから、使えないし、使うつもりもない。





「準備はできたんかい?」

「あー、もう出るよババア」

旅立ちの支度をする俺にここの孤児院の院長が催促をはらんだ声をかけてくる。俺が前世の記憶を得て、この孤児院の環境を認識した時からずっとババアだからババアはババアだ。

「小生意気な態度も見るのも今日で終わりだと思うと、せいせいするさね」

「連なりとしては神職だろババア、愛せ愛せ」

「愛されたい奴の態度じゃないだろうよ」

 

この孤児院では、何らかの事情がありここで暮らすことになった者は、10年後の始まりの日と同じ月日に旅立たなくてはならない決まりになっている。それと同時に市民登録が行われもするわけだが、その際の誕生月日も今日この月日と承認される。

「昨日あんだけ言ったのに、また夜更かししたんでしょ?」

「うるせールーク、荷物が鉄パイプ一本のおまえと同じにすんじゃねえ」

 

15になった俺たちにとって、今日が旅立ちの日だ。

 

「まったく…ルークは探索者シーカーだろうけど、ほんとにアンタはどうすんだい?」

元々シワだらけの顔をさらにババアが歪める。

「まあ当てはあるからよ」

「ほんっっとうにそればっかりで…人様に迷惑をかけない暮らしをしなよ?」

「大丈夫だっての、門まででいいよ」

「本当に今までお世話になりました院長、このご恩はいずれまた」

「…ルークもこんなのにいつまでも構ってやってるとコイツのためにならないんだからね…まぁ元気でやんな」

 

この都市は夏冬のような季節ごとの気温の上下はそれなりにあるが一年通して温暖な環境だ。今日もいい天気だ。


「歩む足に石なきことを。振るう腕に悔いなきことを。帰る場所に、灯火あることを。」


ババアの呟く散々聞いた祝詞も、今日は趣深いな。


「じゃあ行ってくるよババア」

「くれぐれもお体ご自愛くださいね、また顔出します」



 

ババアが建物に戻るまで見送ってから俺は告げる。

「なあルーク」

「ん?なんだい?」

「昨日までも散々話した話なんだけどよ、とりあえず今日から俺は自重しねえ」

「それは何回も聞いてるけど、料理人になるんでしょ?今日からの宿を今のうちに見つけに行かないと」

「料理人じゃねえ、いやなくもねーが。俺はこの都市で店を開く、やれることはやる」

「…だからいくらでも協力するってば」

苦笑いのルーク、こいつ俺が急に感傷的になってグズりだしたとか思ってんな?

「……とりあえず戻るぞ、ババアに交渉しにいく」

「…は!?今旅立ったばっかりだけど!?」

「ぜってー必要な要素がいくつかあるんだよ、とりあえずその条件をひきだしてえ!」

今来たばっかりの方向に走り出す俺の背中に珍しく焦った感じのルークの声が響く。

「ちょ…!先に言っといてよそういうのっ!!」


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