不安障害 2

 「あのぉ・・・申し訳ありません。厨房の職員も動揺していると思いますので、今日はこれで失礼してよろしいでしょうか?何か分かれば必ず報告しますので・・」突然訪問して、ほとんど何も話さないまま去るのは、重々失礼だとは思ったがそんな場合ではなかった。


つとめて何も無いようによそおってはいたが、とってかわられる恐怖で、真っ直ぐに立っているのもままならない状態。


背中にサーっと、汗が流れるのを感じていた。


今までこれ程のことはなかった。


咲子の死がきっかけになっているのだろうか。


 「そうですね。そうしてください」二人は察するものがあったのか、それ以上は何か聞くことはなく松山を見送った。


吹き抜けの天井に並ぶ黄色いダウンライトの光が、サバンナの太陽に似て頭頂部をじりじりと焼いている。


凶悪な何者かに草むらから異常者いじょうしゃの目で狙われている。


早くここを出たい。


「それでは、失礼いたします」二重扉の前で振り返って会釈した時には、視界は狭まり色は無くなっていた。


逃げるように扉を出るとわずかの間に表には初夏の日差しがさしている。


ポケットから小さな小銭入れに入れた薬を1錠出して口に放り込むが、乾いたのどに張り付いてなかなか入っていかない。


松山は上着を脱いでネクタイを緩めると、何者かにアピールするように、胸をそらせて大きく息を吸った。


「フー・・・」吐き出した息が震えている。


運転席の長いドアを開け、足を外に出したまま座ると、目をつぶって薬が効き始めるのを待った。


つぶったまぶたに映る本物の太陽は、偽物のそれより幾分ましだった。



 厨房事務所のドアを開けると、検収用けんしゅうようの小さなガラスの窓の向こうに、川原美紅と違い今年正式に本社採用した新卒の栄養士が、一人事務所でパソコンに向かっていた。


名前は確か小田薫おだかおるといった。


 「あ、松山さん」小田薫は、不安そうな顔で立ち上がった。


小田薫には、平田咲子が亡くなったことの悲しみなどはないだろう。


まだ入社3カ月の新卒で、突然上司が亡くなったことに戸惑っているという感じか。


 「小田さんびっくりしたね。しばらく俺が来るから」


 「あ、はい」


 「ちょっと休ましてもらっていい?10分だけ・・」そう言うと松山は、栄養事務所の中央に置いてある、シンプルだが事務所で使うには、洒落たデザインの机と共通デザインの椅子に、ドカッと腰を下ろすと机に突っ伏した。


 「あの、大丈夫ですか?」松山の顔は、小田薫から見てもひどく疲れて見える。


生気がないという言葉は、こういう時に使うのかというぐらい・・


 「大丈夫・・ごめんね・・」松山は顔をあげて無理に笑った。

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