第12話「明星はどこにある《宵》」
「……正解。このチョコレートは三種類よ。よくわかったわね」
よし、どうにかこうにか質問権を温存しながらここまで辿り着いた。
机の下で小さくガッツポーズを取る。
「言ったろ。列の並びが二種類九個ずつにしては不自然だ。だが、三種類六個ずつなら一列ずつならべてぴったりだ」
俺は至極落ち着き払った風を装って言い切る。内心は博打を打っている感覚だったが、悟られなければ不敵に見えるだろう。
《太陽》から列一つ空けて《星》がくるならば、《太陽》が二列もしくは《星》が二列並んでいたことになる。横列は全部で六列あるんだから、交互に配置したほうが自然なのに。
それならば、いっそのこと三種類あったと考えたほうが自然だ。
俺のぶつけた推理はただそれだけの根拠で言い切った、薄氷の上で成り立った推測だった。
……そこは当たったもん勝ちということで。
「けれど月夜に提灯、ね」
糸木名さんは伏し目がちにそう言うと、暗くニヒルな笑みを向けてくる。細められた目の
「要するに無意味だってことよ。チョコレートが三種類あるとわかったところで、肝心の名前がわからないじゃない」
「……やっぱり、その名前も当てないとダメか」
単純に三つ目だと答えても認めてはもらえない。糸木名さんは完全正答を求めている。部分点でいいやと甘えたくなるが、その眼が許してはくれない。
というか、彼女の憂いを含んだ眼差しは、もっと別の不服を示しているような──
「ねぇ、伊澄くん。仮に三つ目のチョコレートがあったとして、それが答えになることがあると思う? 私、そこまで意地悪に見えるのかしら」
糸木名さんは両手でもってその花の
そんな仕草をされると、まるでこちらが極悪人みたいに思えてくるな。
「でも、今まで話した感じだと
「あはっ。私ってば伊澄くんに丸裸にされてるみたいね」
真っ直ぐに言い切った俺に、彼女は思わせぶりにはにかむ。図星だったのかもしれない。
けれど、なるほどたしかに俺の見立ては間違っていたらしい。
純情な男子高生に対してこんなことを言うんだから、ただの意地悪では済まない。魔性とか性悪と銘打ったほうがいい。
「あー……そうだな。気分を害したなら謝る。気の向くままに頭が動いてしまうっていうか、あれこれ邪推するのが趣味なんだ」
「不機嫌に見える? 私、これでも愉しんでるのよ。伊澄くんがあんまり素敵だから」
そりゃどうも。
こっちは手のひらの上で小突かれてるような心地だ。弄ばれているとも言う。
「初対面でこれだけ話せたなら素敵じゃない? だって私たち、お互いの趣味も知らないのよ」
それどころか下の名前もまだ知らない。いや、よそのお嬢さんつかまえて名前呼びするつもりは毛頭ないが。
この鍵穴にぴったりと収まる待ち合わせはない。会話が最後のキーワードになりそうだ。
「じゃあ、最後の質問は会話に使うよ。俺の趣味は映画鑑賞。ミステリ、サスペンス、ホラーなんでも好きだ。糸木名さん、オカルトっぽいのはイケる口なのか?」
「あら、なんだかお見合いみたいね。会話するのはやぶさかじゃないけれど、いいの? せっかく温存していた質問をそんな風に使ってしまって」
俺が会話に踏み切ったのがよほど嬉しいのか、糸木名さんは右手一本の頬杖に首を預けた。
それと反対に俺は両手を組んで悩ましげな頭を支える。これは頭を抱えた、と換言してもいいのかもしれない。
「……仕方ないだろう。俺は糸木名さんどころか、世の女子のことを知らない。近くにいたのが外れ値なもんでね」
すまん印南。コミュニケーションの為とはいえ、悪し様に罵った俺を許してくれ。まったく本意ではないんだ。
本当なだけで。
さて、今回は推理の行きがかり上、人読みが重要になってくる。
これは試験対策に出題の癖を見たり、対人ゲームなんかでパターンを把握するのに近い。
今まで十数分話した上での糸木名さんへの率直な印象は『裏がある』だ。裏アル系女子、糸木名。とても一筋縄ではいかない、単純に見えても何か仕掛けられている。
「えぇと、本題に戻りましょうか。映画の趣味──いえ、それともオカルト趣味についてだったかしら?」
俺の言い訳がましい弁解によって脱線したレールをつまみあげる。質問は受理されたようだ。
「あぁそうだな。勝手なイメージで言わせてもらうと、女子って言えば占いなんかが好きなきらいがあると思うんだが……」
「えぇ、私も嫌いじゃないわ。オカルトというよりはスピリチュアルに近いけれど。機会があれば占ってあげましょうか?」
裏アル系女子による占い。くすりとくる響きだが、そらは俺が勝手につけた不名誉なあだ名だ。この言葉遊びは表立っては言えないな。
ふとした瞬間の思考に若干の汚染を感じつつ、会話のラリーを続ける。
「占いか。個人的にはあんまり信じないタイプだから、悩みどころだな」
占いというより、血液型の四パターンで知ったような口を利かれるのが好きじゃない。いったい俺の何を知ってるというんだ。
「そう悩むことでもないわ。当たるも八卦当たらぬは磔刑って言うでしょう?」
「……占い外して吊るされてるだろ、それ」
占いを外して刑罰を受けるとは。いつの時代の話だ。てるてる坊主くらい不憫でならない。
雨が降れば首を刎ねられる。そんな古代の軍師の如き彼らの生き様には脱帽してしまう。
「あーそうそう、占いといえば──糸木名さんはタロットもやるのか?」
「質問は今しがた使い切ったはずよ」
きっぱりと言い渡される糸木名さんの拒絶。
見れば彼女は頬杖をついていながら、その
ピンと弛緩していた空気が張りつめる。その反応は、俺の手中にあった細い可能性が解決への糸口であることをありありと示していた。
「答えなくていい、そのまま聞いてくれ。タロットなんかで使われる大アルカナ。このチョコと同じ《星》と《太陽》があるんだが、その間にはもう一つアルカナがあるんだ」
糸木名さんもタロットを知っているなら、占い好きを自称するならば一度くらいは聞いたことがあるだろう。
俺は姿勢を正し、蛮勇を胸に蝶と夜の化身然とした彼女と目比べする。
「それは《月》だ。糸木名さんが不自然なくらい度々口にしていた単語でもある」
小難しい言葉を使いたがる糸木名さんだが、それを加味したところで言葉選びが不自然だった。
──女の子は月よ星よと崇めるものなの。
──それこそ月並にはしてる筈よ。
──『水清ければ月宿る』って言うでしょう?
──月夜に提灯、ね。
「糸木名さんがいい人なら、きっとヒントを散りばめていたと思うんだ」
むしろ順序が逆か。《月》というワードをばら撒いていたから、やりすぎなくらいに出題者としての誠実さを感じていた。
だから信じることにした。
この問題、この状況において三種類目が《月》だとしても糸木名さんの手の内はわからない。
チョコが一人に三種類ずつ分け与えられたとは限らないし、仮にそうだとして《月》の存在を隠したこと自体が罠かもしれない。
俺と糸木名さんの手持ちが三種類が各二個の計六個とする。場には《太陽》が一つ、《星》が二つ。箱の中で二つ出ているのは《星》のみだ。
それならば《月》だけでなく《太陽》だってあり得る。きっと糸木名さんの割り当ては《太陽》が一つに《月》が二つのはずだから。
それらの可能性までも折り込み済みで、答えは決まっていた。
「糸木名さんの持つチョコレートは《月》だ」
俺の言葉を受けて、糸木名さんが顔を上げる。そして何やらポケットまさぐり、角のない握り拳をこちらに差し出す。
ゆっくりと開かれた手から三日月型の包装紙──おそらくは《月》が一つ、転がり落ちる。
推理が当たった、その喜びは束の間、すぐさま塗り替えられる。
「残念。私はめちゃくちゃいい人なの」
その言葉に続いて《太陽》が一つ、《月》が一つ机上へと躍りでてくる。
先ほど見せた《月》も合わせると、見事に俺の逆位相だった。
「二種類しかないチョコレート。それが私の罠と看破したのは流石だけど、伊澄くんが寂しくならないように私の分も残してたの」
「チョコを一つ取り出した、とか言ってはなかったか。あぁたしかに……」
空列の種類当てに夢中になっていたが、そもそもの個数も探らなければならなかった。
「……降参だ。問題文を読み違えてた」
しかし"めちゃくちゃいい人"か。その表現は"めちゃくちゃいい性格してる人"の間違いじゃなかろうか。
観念した俺は余りの《星》チョコを一つ手のひらに乗せ差し出す。
「……? 何かしら、この手は。不正解のペナルティのつもり?」
「何って……。このままだと俺が《月》のチョコを食べられないだろう。だからほら、余ってる《星》と交換だ」
ちょうど各種二つずつあるのなら、全種類食べたくなるのが人情ってものだ。きっとそれは誰だって例外じゃない。無論、俺もだ。
「……素直じゃないのね」
彼女はそう言うと俺の手から《星》チョコを取って、代わりに一つ握らせる。
「どういうことだよ」
俺は受け取った《月》のチョコを口に放りながら訊ねる。
「伊澄くんもいい人ってことよ」
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