第8話「推理〜伊澄宗次郎の場合」
別に俺も話が得意なほうじゃない。口下手というよりは会話下手。語るのは得意だが、話し合うのは苦手なのだ。
いつも通り、俺に見えた物を語るとするか。
スピーチや発表、会社のプレゼンにも使えるかもしれないコツ。それはすっかり成り切ること。本気でそう信じ込み、言葉を詰まらせないこと。
今の俺はそう、名探偵だ。
「一つ、長瀬先輩の状況。二つ、密室にした理由。この事件には大きく分けて二つの謎がある」
ピースサインを立て、
語っている最中はこういうキザな真似もできてしまう。俺の場合、ある種のトランス状態に近いのかもな。
「では一つ目、長瀬先輩の状況だ。これを聞いた時、俺は違和感を覚えた」
──『直前まで座っていたのだろうか、彼女はパイプ椅子を三つ使って横倒しになっていた』
これが天野先輩の語った状況だ。口頭で言われただけだとピンと来ないが、その光景を思い浮かべるとそのおかしさに気づく。
「ずいぶんと器用に倒れ込んだもんじゃないか。こんな不安定なパイプ椅子に倒れて、よくひっくり返らなかったな」
俺が体をゆするとパイプ椅子が音を立てグラつく。床はもちろん平面。見た感じ年季が入っているから、フレームが歪んでいるのだろう。
真琴も印南も右へ左へ体を動かして確かめるが、勢い余ってバランスを崩しかける。バタバタと腕を振り回しなんとか事なきを得た。……お前らは昔の中国映画か。
ドニー印南とジェット真琴はさておき。
「仮に毒を盛られたなら、普通はもっともがくもんじゃないのか? たとえば呼吸器系に作用したりする毒とか……椅子に座っていたとしても、それごと倒れそうなもんだ。なのに乱れはおろか汚れもない」
以前調べ物をした際にそういった中毒症状の症例報告を見たことがある。そのどれもが周囲に吐物があったり、口から泡を吹いたりと悲惨なものだった。
他にも、人の肌はかなり変化が出やすいらしい。チアノーゼで青紫になったり、またピンク色になったりと様々な反応がが認められた。
そうした変化があったのなら、真琴が外傷について訊ねた際に言及されていてもおかしくない。けれど、長瀬先輩にはそれらがない。それがどうも気に掛かった。
「無論、全ての服毒にそういう反応があるわけじゃないだろう。俺もそこまでは詳しくないが、ミステリーでよく聞く青酸カリも少量であれば顔色の変化が少ないんだとか」
俺の出した喩えに耳馴染みがあったのか、印南が不思議そうな声をあげる。
「じゃあ青酸カリを使ったんでしょ? お弁当は天野先輩が作ったらしいし、それに入れれば一発じゃない」
そう『長瀬先輩は弁当は食べており、作ったのは天野先輩』これも真琴の質問でわかったことだ。印南がそう疑るのも無理はない。
「たしかに青酸カリはバレにくいだろう。少量で殺せるし、液体青酸ならかなり透明度が高い。もし入手できれば、な」
そもそもそんな
「化学室を思い出してくれ。危険な薬品がある棚はどれも鍵が付いているだろ? どれも厳重に管理されてる。試薬を買うには専門の資格が必要だったり、毒性の強い物ってのはまず入手が難しいんだ」
素人が入手でき、少量で死に至りその上無色。そんな物があれば『毒物及び劇物取締法』が黙ってない。本当に危険な薬物はマンガだとか小説でも出さないと聞いたことがあるし、そも素人は存在を知ることも叶わないだろう。
「なぁ宗次郎。何が言いてぇんだ? 毒殺にしては綺麗すぎる、そんな毒があったとして素人が手に入れられないってのはわかったけどよ」
真琴が提唱した『毒殺説』にケチをつけているようなものだから、当然とも言える。
「俺が言いたいことはこうだ。長瀬先輩は毒殺なんてされてない。パイプ椅子を三つ並べて、眠っていたんだ」
お昼はおいしいお弁当を食べていたようだし、その後に授業で二時間もジッと座らせられたのなら眠くもなる。
天野先輩の愛妻──ならぬ愛カレ弁当だ。
……いやこの表現はよそう。ちょっと胡散臭い、というかやたらとスパイシー臭さのある弁当に思えてしまう。
ノイズとなったガラムマサラの匂いを頭から追い出していると、印南が疑問符を投げてきた。
「それは……ちょっと変じゃない? だってさっき伊澄が言い出したじゃない『こんな椅子は不安定だー』って」
また座ったまま跳ねるようにして椅子をイジめる印南。パイプ椅子がギシギシと悲鳴をあげる。断末魔じゃないだろうな。
「そりゃ普通に座ってる中で倒れ込む場合と、意図して横になろうとする場合は別だろ」
「んー? 意識の差ってこと? そんな気持ち一つで寝相まで縛れる〜?」
そんなわけない。寝る前に意識しておいて睡眠中を制御できるなら、目覚まし時計なんて不要だろうな。
「気持ちじゃない。寝るためにパイプ椅子で横になろうとしたら安定するんだよ。きっとこうするから」
俺は座り心地の悪い席を立つ。その背もたれを掴み、ぐるりとそのパイプ椅子を反転させた。
ちょうど今まで向いてた方向と反対方向に。
「──あぁ、なるほどな! 椅子を互い違いにしたのか!」
真琴が閃いたような声をあげる。
その通り。三つの椅子を互い違いにさせれば、それぞれの背もたれが柵代わりになってちょっとやそっとでは落ちない。
このパイプ椅子の上で安定していたなら、きっとこういう寝方をしていたはずだ。
もし毒なんかを摂取して急に倒れたなら、椅子を動かす暇もない。床に転がってしまうだろう。
「なるほど。長瀬が綺麗なまま横たわっていたから毒殺ではない。そもそもパイプ椅子に横たえるには本人の意思が必要。……伊澄くんはそう言いたいんだね?」
少し長くなったが、天野先輩が要約してくれる。毒殺の否定、パイプ椅子の細工。どうにか伝わったようだ。
真琴あたりに『じゃあ凶器はなんだよ』と、問われる前に、俺は矢継ぎ早に次の疑問に移る。
「次に二つ目の謎だ。密室と鍵について」
語りの行きがかり上やむなく謎と表現したが、そんなものはないと思っている。
あくまでただの言葉の綾だ。
「長瀬先輩は俺たちが来ると知らなかった。これが意味する可能性は二つ。誰も来ないと思っていた、もしくは天野先輩が来ることを知っていた」
ただ部活をしに来ていたか、それとも誰かと待ち合わせていたのか。
順当に考えて後者だろう。他の参加者もそう思っていることだろうが、念には念を。一応話の流れをそちらに曲げておこう。
「まず誰も来ないと思っていた可能性だが、これは薄いだろう。わざわざ部室に来るか? こう言っちゃなんだが、新入生の見学日すら覚えてないくらい興味がない人が」
後半のくだりは余計だが、推理の賛同者を増やしたい。こういう言葉を使っておけば、いくらか"こちら側"に誘導できるだろ。参加者全員で作っていくっていうなら、味方にしてしまったほうが楽そうだ。
「……いや、ねーな。長瀬さんは用もなく学校に残らない」
お、早速真琴からの援護が飛んできた。素直でいいやつだ。
お陰で次の話へとスムーズに移行できる。
「というわけで二つ目、天野先輩が来ることを知っていたが通る。この部室には長瀬先輩と天野先輩がいた」
「二人で会う約束──もしかしたら習慣かもしれないな。とにかくそういう予定があるなら、あらかじめどちらかが取りに行くよう示し合わせていたんだろう」
根拠はほぼないが、人柄的には天野先輩が取りに行ったんだろう。『職員室に行く用事があるから、ついでに取ってくるよ』くらいのスマートさを見せたに違いない。
「そこからはそう難しい話じゃない。待ち合わせて二人で部室にいた。だけど眠たくなった長瀬先輩は寝てしまった」
窓を閉めたのもその時だろう。上着があればそれを掛けれたが、季節の変わり目で暖かくなってきた時分だ。手元になかったんだろう。
「催した天野先輩がトイレに立つため、部屋を出て鍵を閉めた。そして用を足し戻ってきた。はじめに天野先輩が語ったのは、この戻ってきた二度目の入室場面なんじゃないか?」
仮眠を取ろうとする長瀬先輩が、せめて冷えないように窓を閉めた。戻ってきた天野先輩が感じた息苦しさはそのせいだろう。
「待てよ。そんじゃあ一体、誰が長瀬先輩を殺したんだよ?」
真琴が俺のなぞった展開に異を唱える。
「トイレに行ったのはいい。そこで誰かが入ってきて長瀬先輩を殺したって話じゃないのか?」
「その可能性は低い。その日確実に二人が部室にいるってことを把握してるヤツなんて、そうはいないだろう。仮にいるとして、それは計画的に長瀬先輩を狙っていたヤツだろ?」
真琴の言いたいこともわかる。
うっかり鍵を掛けずに出て行った隙に、誰かが侵入。寝ている長瀬先輩を殺害し去った。そう言いたいんだろう。
けど、そんなのは無茶な話だ。
「天野先輩が離れるタイミングがあるのか。かつその上で鍵を掛けずに出ていく可能性は? そこまで合わせてタイミング頼みなんて、計画が破綻してる」
「あーたしかに。それもそうね。部屋の外で待ってるってのも、廊下だからそういうわけにもいかないし」
印南の賛同に頷く。隣は技術室だから鍵を掛けてあるだろう。もし借りたり合鍵なりを用意するなら、そもそもミステリー文芸部の鍵を作ってしまったほうがいいだろう。
……そろそろ、締めていいだろう。
「──だから、誰も長瀬先輩を殺してない」
弾き出した俺の結論に、真琴が勢いよく立ち上がる。座っていた椅子は跳ね飛ばされて後ろで大きな音を出す。
「いやいや! 天野さんが説明してただろ!?」
「天野先輩は横倒しになっていたって言ってたんだ。殺されたなんて一言も言ってない」
言葉尻を捕まえるようだが、天野先輩は一度も死んだとか殺されたとは表現していなかった。
事件だって銘打ったのに、わざわざ避けているかのように。えらく丁寧に言葉を選んでいたと考えられる。
「長瀬先輩は見ての通り、寝てただけなんだ」
勝手に殺すだの言い出したのは、そもそも真琴の推理からだ。トップバッターがそう捉えて、そう推理してしまった。だから続く印南も"これは殺人事件"であると考えたのだろう。
推理会の理念に照らせば、それも決して不正解ではない。現に真琴の推理はなかなか聞き応えがあったし、印南の推理にもハッとさせられた。
俺も真っ当に考えたりした。天野先輩が部屋に入った時の"息苦しさ"を一酸化炭素中毒に繋げたり、扉を動かした時できる隙間から糸を通し施錠するトリックだったり。
けど、印南の推理に衝撃を受け、俺は急遽どんでん返しのある推理に変えた。こっちのほうが楽しそうだったから。
今ならば言える。俺のこの選択は──今日の選択は間違っていなかった。
「この事件に被害者はいない。当然、犯人もいない。……これが俺の推理です」
部室で彼女が寝てしまったから、一応鍵を掛けてからお手洗いに行って戻ってきた。
俺の見た真実は、ただそれだけのことだった。
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