隣のお嬢様は歴史オタクでした
火浦マリ
第1話 隣のお嬢様は歴史オタク
俺の名前は佐藤悠真。どこにでもいる、ごく普通の男子高校生――のはずだった。
だが、二年に進級してからの俺の学校生活は、隣の席に座るお嬢様によって大きく狂わされることになる。
そのお嬢様の名は――朝比奈琴音。
黒髪をきちんとまとめ、姿勢正しく授業を受けるその姿は、まさに令嬢。言葉遣いも上品で、休み時間には「ごきげんよう」と挨拶して回る。男子はもちろん、女子からも一目置かれる存在。
……だったのだが。
「尊いッ!」
突然の叫びが教室に響いたのは、世界史の授業中だった。
先生が黒板に「チンギス・ハーン」と書いた瞬間、琴音は机に身を乗り出し、目を輝かせていた。
「チンギス陛下の寛容さ! 征服した国の宗教をそのまま残すその度量! 尊すぎますわ!」
教室が凍りつく。
いつもは物静かなお嬢様が、急に推し活モードで絶叫したのだから。
「……え、尊いって何?」
「朝比奈さんって、そういうキャラだっけ?」
クラスのざわめきの中で、俺は心の中で叫んだ。
(キャラ崩壊してません、お嬢様!?)
だが琴音はまるで気にせず、さらに熱弁を続ける。
「皆さま、よろしいですか!? チンギス陛下は“神は信じない”と仰せでした! 宗教戦争が絶えぬ世において、その無関心こそが平和をもたらしたのですわ! 尊いっ!」
机を叩きながらの力説に、前の席のやつがビクッと震える。
先生はため息をつきつつ、「……静かに」と注意したが、効果はゼロ。
俺はたまらず、小声で突っ込んだ。
「いや……でもさ、モンゴルの軍事侵攻ってめちゃくちゃ犠牲出てるだろ。宗教寛容どころじゃないだろ」
琴音がくるりと振り返り、目を輝かせる。
「悠真さん! あなた、良いところに気づきましたわ!」
「え? 俺?」
「確かに遠征は多大な犠牲を生みました。しかし、それでも宗教を一切強制しなかったのは事実! そこにこそ歴史の矛盾と人間味があるのですわ!」
「……いや、そんな熱量で語られても」
俺は思わず椅子を引いた。
クラスの何人かはクスクス笑っているが、笑いながらもノートをとっていた。意外にわかりやすいらしい。
なるほど……尊い芸、おそるべし。
休み時間。
琴音は紅茶を飲むような仕草で水筒を口に運び、俺に向かって微笑んだ。
「悠真さん、あなたは地図が好きでしたわよね?」
「え、なんで知ってんの」
「自己紹介の時、社会の授業より地図帳が好きだと仰っていたでしょう?」
「ああ……まあ、確かに」
小学生の頃から、俺は地図を見るのが好きだった。山や川の形、国境の線。世界地図を広げて眺めているだけで時間を忘れた。けれど、それが歴史に繋がるなんて考えたことはなかった。
「わたくし、悠真さんのその“地理的視点”がとても気になりますの。歴史は地理なくして語れませんもの!」
「……いや、俺は歴史苦手なんだけど」
「ではご一緒に学びましょう! 尊い歴史と、尊い地理を!」
机に両手を置いて力強く宣言する琴音。
俺は額を押さえながら思った。
(……どうやら俺の学校生活、平凡でいられそうにないな)
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