転校生、学園怪異を追う
ことん
第1話 転入生の憂鬱 ー1ー
霧ヶ丘学園の校門をくぐった瞬間、悠真は小さく息をついた。転校生として新しい学園生活が始まる――という現実は、胸の奥でわずかにわくわくする気持ちと同時に、底知れぬ不安を呼び起こす。青空は高く澄み渡り、校庭の木々の緑が眩しく光っているが、その光景がかえって自分の孤独感を際立たせるようで、悠真は肩をすくめた。
「はぁ……どうしよう」
校門をくぐったところで、制服に身を包んだ生徒たちのざわめきが耳に入る。友達同士で笑いながら話す声、走り回る小さな子供のような声、そして遠くから聞こえるチャイムの音。すべてが悠真には鮮やかすぎて、目を泳がせるしかなかった。手には古びたカバンが握られており、角が擦れて白くなっている。荷物の重みよりも、心の重さがずっしりと感じられた。
「えっと、3年C組は……あっち?」
地図を手に校舎の方へ歩き出す。廊下は長く、窓から差し込む光が白い床に映って、まるで光の川のように流れていた。けれど、歩くたびに響く靴音が妙に大きく、自分の存在を無言で主張しているようで居心地が悪い。
その時、角を曲がった先から声がした。
「新しい子だね……?」
振り向くと、ひとりの少女が静かに立っていた。長い黒髪が肩にかかり、澄んだ瞳が悠真をじっと見つめている。結衣――まだ名前は知らないけれど、なぜかその声と視線は、悠真の胸の奥に小さな安心感を落とした。
「え、あ、はい……僕、今日から転校生の……悠真です」
言葉がぎこちなく口から漏れる。結衣は微かに笑みを浮かべると、静かに一歩近づき、手を差し伸べた。
「私は結衣。よろしくね。迷ったら私が案内するから」
悠真はその手を握ると、ようやく少し肩の力が抜けた。けれど、その瞬間、廊下の奥でかすかな影が揺れたのを、二人は気づかなかった。
「……あれ、誰もいないのに?」
心の奥で小さな違和感が芽生える。振り向くと、長い廊下は静まり返っており、影はもう見えなかった。ただ、教室のドアがわずかに軋んで開き、冷たい風が流れ込む。悠真は思わず肩をすくめ、結衣と一緒に歩き出す。
教室に入ると、すでに生徒たちは机に座り、静かに黒板の方を見つめていた。黒板には「転校生歓迎」の文字がチョークで書かれている。しかしその文字の下、どこか微かに揺れる影のような模様が見え、悠真の胸に不安の種を落とす。
「……大丈夫かな、僕」
結衣は静かに隣に立ち、微笑みながら言った。
「大丈夫。私がいるから」
その言葉に少し勇気をもらい、悠真は深呼吸をする。教室のドアが閉まると同時に、外から差し込む光が一瞬揺れ、まるで誰かが見ているかのような気配を感じた。しかし悠真は、それを怪異の予兆だとはまだ気づかない。
授業が始まり、自己紹介を促されると、悠真は震える声で名前と出身校を話す。クラスメイトたちは一瞬ざわめき、やがて穏やかな微笑みで迎えてくれた。その温かさに、心の中の緊張は少し和らぐ。
しかし、窓際の影、黒板に差し込む微妙な光の揺らぎ、そして教室の隅でかすかに聞こえる囁き……。すべてが、この学園には普通ではない何かが潜んでいることを、悠真に静かに知らせていた。
放課後、結衣に導かれ廊下を歩く悠真の足取りは、まだぎこちないが少しずつ安定してきた。しかし、階段の下でちらりと見えた黒い影は、悠真の心をかすかにざわつかせる。だが、結衣と一緒にいる安心感が、その違和感を押しやってくれる。
「明日も、この学校で頑張ろう……」
そうつぶやきながら、悠真は新しい生活の第一歩を踏み出す。だが、静かに影は彼の背後で揺れ、見守る……いや、何かを待っているかのように。
──転校生の憂鬱は、ただの不安ではない。この学園には、悠真がまだ知らない怪異が潜んでいるのだ。
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