XIX.レスツィメーアの研究 1
キードゥル93年6月
「失礼いたします、ティルツィア先生」
クリスティーネはそう言って、側近たちと訓練場に入った。
「ごきげんよう、クリスティーネ様」
クリスティーネはティルツィアとアウレリアに出迎えられる。ティルツィアがニコリとクリスティーネに笑いかけた。
「……シュデット先生はいらっしゃらないのですね」
「はい、本日は四年生の歴史の講義があるのです」
アウレリアがそう教える。
シュデットは二、三、四年生の歴史の授業をしている。クリスティーネの側近であるリーゼロッテやイディエッテは既に歴史は合格済みなのだ。クリスティーネが知らないのも無理はない。なお、イディエッテの歴史は唯一合格している教科である。
「研究の内容はどうなさるのです?」
「前回の通り、アコーフェツィアとレスツィメーアとの違いについて。それと、ロレスディーアと光のレスツィメーアの違い……他の魔法もですね。時間はかかるでしょうが」
「研究とは、時間がかかるものではないのですか?やったことがないので存じませんけれど、そういうものだと思っていました」
クリスティーネの言葉に、ティルツィアとアウレリアはパチパチと目を瞬かせる。
「ふふ、子供だと、すぐに終わらせてしまいたい、と思ってしまうことが多いのです」
「クリスティーネ様は大人らしい考え方をされていらっしゃいますものね」
ティルツィアとアウレリアはをクスクスと笑った。
「では、早速本題に入りましょうか。クリスティーネ様、杖を持つ武官の魔力は把握していますか?」
「はい。彼は火で、彼女は水、花です。本日連れてきていない武官の者は水。そして、風でしょうか」
ティルツィアは「なるほど……」と呟き、少し考えた後に頷く。
「では、足りないのは光、闇、土、雷ですね。わたくしは淡く光は持っていますし、シュデットは闇を持っているので、後二つですか……」
「……そう、ですね」
(……ラナ、ごめん。研究には武官としてついてきてもらうことになってしまったわ)
クリスティーネはラナに心の中で謝っておく。
「……それでしたら、私の兄が土属性を持っています」
「わたくしも、知り合いに雷属性を持つ方が」
コリスリウトがそう言い、続いてラナが発言した。
(……コリスリウトの兄はレンリトルよね。……ラナの知り合いとは誰かしら?)
クリスティーネは気になりつつも、ここで尋ねることではないと心を制御する。
「これで万事解決ですわね。次の研究の課題が決まり次第、連れてくる方を選びます。そこの文官殿、木札をお借りしても?」
「……マルティオ、お貸ししてください」
「かしこまりました。どうぞ、ティルツィア先生」
マルティオがティルツィアに木札を手渡す。ティルツィアは木札にスラスラと何かを書き出した。
「ここに、参加者の名をお願いいたします」
クリスティーネがラナ、コリスリウト、レニローネ、イディエッテの名前を書く。その後、コリスリウトとラナに協力者を書いてもらった。
【レスツィメーアの研究に関する参加者
クリスティーネ・ヒサミトラール 全属性
ティルツィア・ダウィン 光、水
シュデット・ヴォ―ラー 闇
コリスリウト・アレクサンド 火
ラナ・ヴァソール 水、花
レニローネ・ライゼング 水
イディエッテ・ショミトール 風
レンリトル・アレクサンド 土
シルヴェーヌ・ユーン 雷
アウレリア・ヴァルツァー 花 記録係】
ラナがティルツィアに木札を手渡し、それをアウレリアに渡す。それに目を通したアウレリアは目を瞬かせた。
「あら、ショミトール…?リーゼロッテ嬢の血縁者でしょうか?」
「……え、あ、はい。リーゼロッテの姉です」
「まぁ、そうなのですね。彼女はとても成績優秀だと、普通科の担当から伺っていますから、名前を憶えていたのです」
クリスティーネは「そうなのですね」と頷く。そして、どこか誇らしげであった。
(わたくしのリーゼロッテは凄いのです)
「では、本日の研究を始めましょう」
今日は付与魔法をしたアコーフェツィアとレスツィメーアの違いについて、が研究テーマとなった。
「クリスティーネ様、前回は属性のあるレスツィメーアの矢でしたが、付与なしのアコーフェツィアの矢に似たものは作れるでしょうか?」
「……無理ですね」
クリスティーネも、同じことを考え、試してみたことがある。でも、どうしても多く込めた魔力の矢になってしまう。クリスティーネならば光だ。
「そうですか。ゆくゆくは研究してもいいのですが、その辺りはこれが終了してからですね。では、今回は火にしましょう」
クリスティーネはティルツィアに「打ってください」と言われ、疑似の杖を持ち詠唱をする。
「レスツィメーア」
疑似の杖の先に、赤くメラメラと燃える矢ができあがる。クリスティーネが杖をフイッと振るとその矢が真っ直ぐ飛んで、的の端に刺さった。その後、的が燃える。
(大丈夫なの!?)
「アスクアリュード」
クリスティーネがそう思った瞬間、ティルツィアが杖から水を放っていた。大量の水により、的は燃え切る。
(凄い……)
実は、訓練場には建物に炎などが燃え移らないように結界が施されているのだが、クリスティーネはまだそれを知らない。
「では……コリスリウト・アレクサンド殿、付与魔法を使って、アコーフェツィアをお願いします」
「はい」
コリスリウトはコクリと頷く。杖を出し、「アコーフェツィア」と言って弓矢へ変形した。それから、目を閉じ詠唱を始める。
「〈火の女神〉ヴァイアーサ。コリスリウト・アレクサンドの名に答え、我が武器に力を授けよ。〈耐久の女神〉ドレッシェルン、〈規則の女神〉シュタインレードゥ、〈運命の女神〉ルーラ、〈束縛の神〉シェズカレトの祝福を」
矢にブワッと炎が広がる。コリスリウトは熱くないのか、平気で触って弓を構える。
「撃ちます」
コリスリウトが矢を放った。その矢はレスツィメーアのように的を燃やす。だが、三秒ほど経つと火が跡形もなく消えてしまった。
「火……消えてしまいましたね」
「……コリスリウト殿、今は何かしましたか?」
ティルツィアがコリスリウトに問う。コリスリウトは少し考えてから答えた。
「……魔力がどんどん吸われていく感じがしたので、供給を止めました」
「クリスティーネ様はしましたか?」
クリスティーネは「はい」と言って頷いた。アウレリアが口を開く。
「ティルツィア、そこが違いなのではありませんか?魔力供給を止めても、その効果が維持できるかどうか、ではなくて?」
「そうね。アウレリアの言う通りだわ。クリスティーネ様、コリスリウト殿、もう一度火の矢を打ってください。次は、わたくしが合図したら、魔力供給を止めてみてください」
『分かりました』
クリスティーネとコリスリウトは頷き、クリスティーネは杖を、コリスリウトは弓を構える。
コリスリウトが詠唱を終え、火の矢を手に取る。
「レスツィメーア」
二つの火の矢が同時に的に向かう。
先に刺さったのはコリスリウトの矢だ。少し遅れてクリスティーネの矢が的に当たる。
「……矢の速さにも違いが……」
アウレリアがそう呟き、即座に木札にペンを走らせた。
三秒ほど経つ。的は燃えているが、速さ以外に特に違いはない。
「では、魔力供給を止めてください」
クリスティーネとコリスリウトは魔力供給を止めた。
すると、ボゥッと音が出て、コリスリウトの矢は火が消える。クリスティーネの矢は変わらず燃え続けた。
「カルス・アスクアリュード」
ティルツィアが魔法で水をかけ、的の火を消す。
「……クリスティーネ様、矢も一緒に消えていませんか?」
ラナがクリスティーネに耳打ちをした。
(確かに)
ティルツィアの放った水はクリスティーネの矢ごと消してしまった。だが、コリスリウトの矢は火が消え去っただけで、突き刺さった矢は残っている。
「ティルツィア先生、アウレリア先生。これはラナが見つけたのですが……」
クリスティーネはラナが見つけたことをティルツィアやアウレリアに話した。アウレリアが疑問を口にする。
「まぁ、本当ですね。どうしてこうなるのでしょう?」
「……火を水魔法で消したことによって、付与魔法の効果が打ち消されるんですよね?でしたら、元から全てが魔力でできているレスツィメーアの矢が水魔法で全て消される……ということではないでしょうか?」
全員が「確かに」と頷く。それから、ティルツィアが口を開いた。
「とりあえず、研究結果にはそう記載しましょう。速さの違いについては?」
「アコーフェツィアで打った方は勢いが上がるからだと思います。レスツィメーアは杖を振るだけで飛んでいきますもの」
「そうですね。……では、ヴィローウィンなんかを使えば、勢いは上がるかしら?」
「……予想はそれくらいにして、とりあえず次の工程に進みましょう」
ティルツィアが一旦話を止め、次の研究に入った。
「次は光でやってみましょうか」
そう言って、火と同じように交互に打ったり、同時に打ったり。
光は発光時間に差があった。
「とりあえず、今日は終わりですね。次回は参加者の指定をして、招待いたしますわね」
「分かりました」
そうして、第一回レスツィメーアの研究は終了した。
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