XVII.研究に向けて

キードゥル93年6月


そうして、次の日。他の教科を教えるのも終わった。


(……もうすぐ、フィリアーネとマルティオが帰ってくる頃かしら?)


全部の教科が終わったところで、講義の時間になったのだ。今は確か、歴史の授業だろう。

講義が終わった後に、再試験がある。一回目は再試験も全体で行ってくれるが、二回目以降の再試験は先生に面会予約を入れなければならない。そのため、二回目で合格しようと、皆が躍起になるのだ。


「只今戻りました」


フィリアーネとマルティオが帰ってくる。一度、自室に戻っているはずだが、フィリアーネの手には手紙が握られていた。


「二人共、おかえりなさいませ。講義はどうでしたか?」

「クリスティーネ様のお陰で、合格できました!講義もクリスティーネ様のおっしゃったことを復習しただけなので、すごく分かりやすかったんですっ」


フィリアーネがそう笑顔で報告してくれる。


(……合格できたのなら、良かった)


「マルティオは?」

「私も、無事合格できました。クリスティーネ様、ありがとう存じます」


マルティオも嬉しそうに微笑む。それから、少し俯いて言葉を続けた。


「あの……フィリアーネ」

「あっ、はい。クリスティーネ様、ティルツィア先生よりお便りです」

「先生からのお茶会なんて……やはり、クリスティーネ様は凄いのですね」


フィリアーネに手紙を渡される。【ティルツィア・ダウィン】と記名されている。レスツィメーアの研究の日時が決まったのだろうか?

クリスティーネたちがレスツィメーアの研究をしていると知らないマルティオが尊敬の目を向けた。


「……その、レスツィメーアの研究だと思うんですけどね」

「あ、あぁ!なるほど」


マルティオが感心したように何度か頷く。フィリアーネが不安そうな顔でこちらを見た。


「その日、あまり動ける方が少ないんですよね。一年生の講義はないんですけど……」


そういえば、そうだ。指定された一週間後は一年生以外全学年の講義がある。


(……どうしたものでしょうか)


「動けるのは多分、わたくし、マルティオ、ラナ、コリスリウト、くらいでしょうか」

「リーゼロッテとレニローネは丁度、その日に限って唯一落ちた科目があるらしいですね」


マルティオが呟くように話しつつ、小さくため息をつく。


「流石に、護衛一人ははばかられますよね?」


フィリアーネがクリスティーネを見てそう言った。クリスティーネはそれに頷く。


「そうですね。側近全員の予定をすり合わせつつ、考えていきましょう」


◇◆◇



「あら、意外と早かったのですね。もう少し遅めかと思っていましたけれど」

「そうですね。先生方の講義もありますのに……」

「アウレリア先生はまだ講義が始まらないし、予定が空いているんだろう」


夕食後、側近全員が集まった。ティルツィア先生からの招待状を見て、ラナやリーゼロッテ、コリスリウトが口々にそう言った。


「なぜよりにもよってその日に……。わたくしもリーゼロッテも唯一の講義がある日ではありませんか」

「そうね……。フィリアーネ、マルティオ、ラナ、コリスリウト以外で同行できる者はいますか?」


沈黙が続く。


(……いないみたいね)


「わたくしが先に予約をして、行けるようにできるでしょうか?」

「それは難しいでしょうね」


レニローネの言葉に、ラナがそう返す。二回目の再試験が行われるより先に面会での再試験を受けることはできない。


「では、どうにもできないではありませんか」

「……わたくしがやりましょう」

「え?ラナがですか?」


フィリアーネが驚きの声をあげた。ラナが説明を始める。


「フィリアーネもマルティオもまだ杖を持っていませんから、わたくし以外はいないのです。きっと、文官としての仕事も少ないと考えられます。それに、今から仕込めば、マルティオも何とかなるでしょう?」

「え……あ、はい」


マルティオが戸惑いつつも答える。


「いい返事よ。それでは、一週間の間、全力で仕込んであげますわ」

「え……はい」


笑顔のコリスリウトがポンとラナの肩に手を置く。


「ラナも、全力で仕込んでやろう」

「……えぇ、受けてたってみせますわ」


ラナの言葉にコリスリウトは少し意外そうな顔をした。


(でも、それがラナなんだよね)


そうして、一週間後のレスツィメーアの研究に向けて、皆が頑張り始めた。


◇◆◇


「ラナ、マルティオの様子は大丈夫そうですか?」


ラナはマルティオの教育に加え、コリスリウトたちによる訓練にも参加している。とても忙しそうだ。でも、ラナはすごく生き生きしている。


(楽しそうなら、なによりだわ)


「はい、呑み込みが早いので、とても教えがいがありますわ。……ですが、実戦経験がないのが困りました」

「なるほど……。では、明日のメルカルア様たちとのお茶会はマルティオに任せてみますか?」

「え!?」


ラナの隣でお話を聞いていたマルティオが声をあげる。シリウスが面白がるように笑った。


「いいんじゃないですか?」

「……お茶会の担当は誰だったかしら?」

「元々は……フィリアーネ、イディエッテ、リーシャ、シリウスです」


明日はリーゼロッテ、レニローネ、ラナは一緒に招待されている。


「じゃあ、シリウスとマルティオを入れ替える形でもいいかしら?」


それにシリウスが頷く。それから、シリウスはマルティオの肩を軽く叩き、「頑張ってな、マルティオ」と笑った。

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