XIV.試験返し

キードゥル93年6月


「本日は試験問題と試験の解答を返します。自分の振り返りをきっちりなさってくださいまし」


ティルツィアがそう言い、何人かの教師たちが問題を返していく。

人数が多いので、前半と後半に分けてはいるのだが、百人もいるとなれば、人数は多い。ちなみに、ヒサミトラールは前半だ。


「どうぞ」


男性の先生に解答用紙をもらう。ヒサミトラールの一年生、全員分の算術の解答だ。


「フィリアーネ、隣に」


フィリアーネに解答用紙を渡し、フィリアーネがマルティオに渡す。マルティオが側近になったため、座る場所に変更があったのだ。


「あれ……ここ、なんで間違えたんだろう?」


フィリアーネが首を傾げた。


「どの問題?」

「……この辺全部です。なぜか、答えと違うんですよね」


フィリアーネの解答用紙を見せてもらう。三問くらい間違えている箇所があった。だが、試験の際に使用したメモ用紙が今はないため、どのような計算をしてそうなったのかは分からない。今教えるのは難しい。


「フィリアーネ、この問題には印を付けておいて、後で寮に戻ってから一緒に考えましょう」

「ありがとう存じます。他の問題にも印をしておいてもよろしいですか?」

「えぇ、構わないわよ」


それを見ていたマルティオがこちらに声をかける。


「あの、私もいいですか?分からない問題ばかりなので」


(……あの点数で……?嘘でしょ)


そう思いつつも、クリスティーネはそれに頷く。

そうして、また試験が返される。


(――わたくしの問題は、地理だ)


地理のみ、一問、間違えている。基本的に筆記以外は一問二点だ。

解答用紙をもらい、フィリアーネに渡す。クリスティーネは深呼吸をして、解答用紙を開いた。


【(6)①レステニア王国】


(……あぁぁああああっ!!)


「……凡ミス……」


答えは【レスティニア王国】だ。


「……クリスティーネ様っ?どうかなさいましたか?」


ガクリと落ち込んだクリスティーネを見て、フィリアーネが心配そうにこちらに声をかけた。


(うぅ……優しい)


「あっ、地理ですね。どこを間違えたんですか?」

「ここです……」


指をさして、間違えた問題を示した。


「えぇっ!?惜しい~。すごく惜しいですね。もう少しで満点だったのに!」


フィリアーネが驚きつつ、そう言った。


「わたくしはレスティニア王国の名前だけはあってました。でも、レスティニア王国って、参考書が少なくて……歴史なんて特に全然分からないんです」


確かにそうだ。レスティニア王国はつい五十年前にレッフィルシュット皇国の領地となった国。

皇族が北の領地である元レスティニア王国を侮っているので、試験以上に細かく知ろうとする人は少ない。なので、参考書がほとんどないのだ。


「それは分かります。レスティニア王国だけは、本当に……」


マルティオがそう呟くように言った。


「では、寮に戻ったら、説明しますね」

『ありがとう存じます』

「あの、クリスティーネ様、私もよろしいですか?」


ヘンリックがそう言う。「じゃあ、わたくしも!」とそう叫ぶフィオナ。


(……人数が多いなぁ)


アイシェだったとき――六歳の頃だろうか。アイシェはフェルーネから貴族学院の話をされて、一度教師に憧れた。

入学した当時となっては、何もかも諦めたけど。


「では、寮の食堂に、分からない問題を持って集まってくださいませ。メリッサルとオットーも来てくださって構いませんよ」

『はい!』

『ありがとう存じます』


そうして、全科目のテストも返ってきた。クリスティーネは一度、ティルツィアとお話をしてから、寮に戻った。

少し休憩をして、いくつかの参考書をもち、食堂に行く。向かう途中にユティーナやシリウスとすれ違った。


「あら、クリスティーネ様?」

「どこかに行くのですか?」

「食堂です。一年生の皆に間違った問題を教えに行くのです」


ユティーナとシリウスは『そうですか。頑張ってください』と言って、お部屋に戻っていった。きっとこれから、試験返却に向かうのだろう。


そうして、食堂につくと、もうすでに着席していた。


「遅れました。……早速ですが、もう始めましょう。まずは、算術からです。分からない人が多い問題から教えていきますが……」


この人数全員の間違えた問題を教えるには時間がいくらあっても足りない。


「ペアを作ります。……フィリアーネとマルティオ、フィオナとオットー、ヘンリックとメリッサルで。同性同士の方がよいのなら、ペアを変えてくださっても構いません」


そう言うと、特にペアを変えることもなく、席を移動した。


「二人共が分からない問題はこれに印をつけてくださいませ。片方が分かるなら、教えてあげてください。……フレイティ」


指先を動かして、魔法を使う。ものを浮かせる魔法だ。

新品の問題用紙を皆に配っていく。先程、ティルツィアからもらってきた。


「始めてくださいませ」


そう言うと、皆が話し合って、問題用紙に印をつけていく。

クリスティーネはこの時間、暇なので、自室から持ってきた二年生の参考書を読む。

アイシェとして受けたときから、大きな変革はないので、知っている問題ばかりだが、今年のような凡ミスをしないようにしなければならない。

しばらくして、フィリアーネが立ち上がる。


「クリスティーネ様、終わりました」


フィリアーネとマルティオは最初から印をつけていたので、早かったらしい。


「では、次は地理をしておいてくださいな」


しばらくして、オットーたちやメリッサルたちも終わったので。算術の問題用紙を回収した。算術の問題を解説していく。根本的なところが分からない、ということは少なかったようで、大体の問題は理解できたと思う。

そして、歴史でも同じことをした。

やはり、レスティニア王国に関してはほとんどの人が間違えている。


「レスティニア王国はどんな建国だったか分かる?」


皆が黙り込む。すると、マルティオが口を開いた。


「元はルードリエフ皇国の領地だった。だが、ルードリエフ皇国の政治に不満を感じた人々が独立した。こんな感じでしょうか」

「そうね。大まかにはそんな感じよ。それじゃあ、当時のレスティニア王国の領地はどのあたりだったのか?なぜ現在、レッフィルシュット皇国の領地になっているかは知っている?」

「現在は、ノルシュットル、エミリエール、そして、ヒサミトラールの一部です。正確には、エミリエールとの境目を有する辺りでしょうか」


メリッサルが淡い紅色の髪を揺らして、そう答えた。


「正解。では、なぜ現在はレッフィルシュット皇国の領地に?」

「……分かりません」


メリッサルはきっぱりとそう答える。


(……分からない問題を、堂々とそうやって「分からない」と言えるのって、案外凄いことよね)


「解説しますね。ルードリエフ皇国から独立を果たしたレスティニア王国は、あまり他国からよく思われていませんでした。特に、大国であるルードリエフ皇国からの視線が厳しく、支援しようにも、厳しい状況でした。それにより、経済体制は崩壊。そのことから、新たな領地などを求め、レッフィルシュット皇国――ヒサミトラールに侵攻したのです。ただ、レスティニア王国はヒサミトラールに負け、レッフィルシュット皇国の領土となりました」

「あの、王族はどうなったんですか?」


オットーが手を挙げて質問した。


「……王、王妃は処刑されました。第一王女はエミリエールの領主夫人に、第二王女はノルシュットルの領主夫人になりました」


(……だから、エミリエールの領主一族とノルシュットルの領主一族は元レスティニア王族の家系なのよね)


レスティニア王国のルードリエフ皇国時代の領地――ディジルマーオは花冠が領主夫人や女性の領主としての証だった。それを王国のシンボルとしたらしく、今はエミリエールの城に礎と共に、金の花冠が保存されている。花冠の作り方は、祖母がアイシェの母――メディナに、メディナがフェルーネおに、フェルーネがアイシェに教えてくださったのだ。


「それは……何というか、残酷ですわね」


フィオナが呟くようにそう言った。


そうして、歴史の解説は終了した。夕食の時間になってしまったので、他の教科は明日の午後ということに決まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る