XI.マルティオの話
キードゥル93年5月
ファミリアとのお茶会も終わり、次の日。
クリスティーネは早速、マルティオを呼び出すことにした。
「今日はシリウスを除いて人払いをお願いします」
クリスティーネがマルティオがやってくる前にそう言うと、側近たちが驚いて反論した。
「なぜですか!?」
「まだ側近になることが決まっていない以上、人払いをすることはできません」
「……まずはこちらが信用している意思を示すべきです。そうでなければ、相手からの信用だって得られません」
クリスティーネがそう言うと、しばらく沈黙が続く。コリスリウトが考えるような仕草をしながら言った。
「私はいいと思う。例え、マルティオが襲ってきたとしても、クリスティーネは最低限の魔法は使えるし、シリウスも最近は少し鍛えている。な?」
「え……私は武官ほど強くないし、鍛えているとは言っても、最近始めたのだが……?」
「いいんだよ、それで。始めるところが肝心なんだ。今日はマルティオにさえ、勝てればそれでいい」
杖の取得は二年生の授業で行うことだが、シリウスたち二年生はまだ取得していない。実技の授業は夏季休みの後なのだ。
(……シリウス、鍛えていたんだ)
シリウスは文官だ。必須科目の魔術の実技にさえ合格できればそれ以上極める必要はない。今のところ側近の中で、殿方はシリウスとコリスリウトだけだし、それもあるのだろうか。
とりあえずは、任せられそうで安心だ。
そのとき、リーシャが声をあげる。
「わたくしは反対ですわ。いくら安全だろうと、相手は下級貴族。そのような空間にクリスティーネ様を閉じ込めるだなんて……」
(……別に、閉じ込められるわけじゃないんだけどなぁ)
リーシャは深刻にとらえすぎではないだろうか。そのとき、レニローネとリーゼロッテが口を開く。
「わたくしも、以前は身分で人柄までも判断していました。ですが、今ではユティーナやシリウスのことも見て、どれだけ身分が違おうと、優秀な人間はいるのだ、と気づかされました」
「……この件に関しては文官主任であるラナが決めるのが一番なのではありませんか?」
リーゼロッテがラナに問う。全員の注目を集めたラナは怖気づかずきっぱりと言う。
「わたくしはいいと思いますよ。クリスティーネ様の言う通り、交渉はそこから始めるべきですもの。それに、新しい子が入ってくるのならば、わたくしは歓迎いたします」
ラナはニコリと強く微笑む。話はうまくまとまったようで良かった。
ただ、リーシャが皆の方を睨んでいることを除けば、だが。
そうして、マルティオがクリスティーネのお部屋にやってきた。
「ごきげんよう、マルティオ」
「……クリスティーネ様とこうしてお話ができること、光栄に思います」
マルティオが跪き、そう言った。耳元で、澄んだ水色の石が揺れる。ピアスだろうか。マルティオは黄土色と茶髪の中間のような髪をしている。瞳は澄んだ水色だ。シリウスの空色の瞳とはまた違う。
静かな雰囲気だが、自信がなくおどおどしているというわけでもない。寡黙で、冷静で。だが、常に俯いているような気がする。
「……本日は何の御用でしょう?」
「貴方にお話があるのです。……総合順位、14位おめでとう存じます。とても素晴らしい成績ですね」
「いいえ。貴女の成績に比べれば、まだまだです」
マルティオは手元のティーカップから視線をそらさずに答える。
「マルティオ……単刀直入にお話ししましょう。貴方をわたくしの側近に迎えたいと考えています」
「は……?」
マルティオは初めて視線を上げ、無表情を崩した。驚きというより困惑した表情をしている。
「なぜ、ですか?」
「貴方の成績は高い評価を得るでしょう。ですが、それを利用しようとする者も出てくるはずです」
クリスティーネは「身分の差は超えられるものではありませんから」と付け加える。マルティオの顔が僅かに強張った。すでに、そういった者たちがいたのだろう。
「お断り、します……」
「理由を聞いても?」
クリスティーネがそう問うと、マルティオは数秒考えて答える。
「私は従兄上(あにうえ)のように、凄いわけではありません」
「いいえ。貴方は凄いです。その歳で、どれだけの努力をしたのですか?」
マルティオの言葉にそう返すと、マルティオはまた驚いたような顔をしてから、絞り出すように声を出す。
「私は……下級貴族です」
「シリウスもユティーナも下級貴族です。この場で、身分は理由になりません。……わたくしは貴方が本気で嫌だと思っているのならば止めようと思いません。ですが、貴方は、どうなのですか?」
静かに、クリスティーネはマルティオの水色の瞳を見つめた。マルティオは目に見えて葛藤している。
(嫌なわけでは、なさそうなんだよね……)
その葛藤があるから、クリスティーネはそうやって引き留めるのだ。
マルティオは少し沈黙した後、静かにこちらを見据えて口を開いた。
クリスティーネがマルティオ・ルイーゼを見ているように、マルティオもクリスティーネ・ヒサミトラールという人物を見ているのだ。
「……貴女は、下級貴族の事情に興味があるのですか」
「貴方が下級貴族であるとか関係なく、わたくしはマルティオ・ルイーゼという人物を知りたいのです」
マルティオは少し考えるように俯いた後、「分かりました」と頷いた。
「お話ししましょう。私の本当の身分についても」
マルティオは静かにクリスティーネを見つめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます