X.初めてのお友達
キードゥル93年5月
クリスティーネは昼食をとるために自室を出て、食堂に降りた。
「やぁ、クリスティーネ」
時間は遅めなので、食堂はチラホラ人がいる程度。それに、食事をするためではないだろう。
「お兄様、ごきげんよう。これから、自室に戻るところですか?」
「うん。そういえば、順位はどうだった?」
「1位をとらせていただきました」
クリスティーネの言葉にミカエルはひどく驚いた顔をする。ミカエルはクリスティーネが転生者であることを知っているので、そこまで驚かないだろうと予想していたのだが。
クリスティーネは少し背伸びをして、こそっとミカエルに耳打ちをした。
「……転生者ですから」
「……私でも、3位だったんだけどなぁ」
二人は近づけていた顔を元に戻す。ミカエルがほのぼのと言葉を続けた。
「私の妹は優秀だなぁ~」
……あ、そういえば、言わなきゃいけないことがあったんだった。
「あの、お兄様」
「ん?何?」
クリスティーネはマルティオが14位だったことを報告する。
ふぅん、とミカエルが頷いた。
「確かに、マルティオのことを考えると危険だね。下級貴族だと、いろいろ面倒があるし。クリスティーネはどうしたいと思ってる?」
「側近にするのが一番早いのではないでしょうか。養子縁組をした方が確実ではありますけれど、手続きが多いですし、時間がかかりそうですもの」
「うん。クリスティーネがそういうなら、打診しておくといいよ」
クリスティーネはそれに「分かりました」と言って頷く。ミカエルは「じゃあね」と言って食堂を出ていった。
クリスティーネはそのまま、フィリアーネと食事を食べ終え、自室に戻った。
ユティーナとリーゼロッテがお茶会の準備をしてくれている。
「準備ありがとう存じます、リーゼロッテ、ユティーナ。わたくしは何をすればよろしいでしょうか?」
戻ってきてすぐさまフィリアーネが口を開いた。
……仕事熱心だなぁ。
「クリスティーネ様は座っていてくださいませ。お茶を出しますから」
……マルティオのこと、皆にも説明しないと。
お茶会の準備がひと段落して、側近全員を集め、クリスティーネは口を開いた。
「あの、報告があります。マルティオのことなんですけれど」
「マルティオがどうかしたんですか?」
フィリアーネがそう言う。他の側近たちはあまり本人を知らないだろうからいろいろと説明を始めた。
「マルティオ・ルイーゼ。一年生の下級貴族です。今回、総合順位で14位をとっています」
「か、下級貴族でその成績……?」
「……あの」
側近たちが驚く中で、シリウスが冷静にゆっくり手をあげる。クリスティーネは「何かしら?」と発言を許した。
「その、マルティオは……私の従弟です」
「そうなのですか?」
フィリアーネがおっとり首を傾げる。
そういえば、スティーネル家の当主の娘がルイーゼ家の当主夫人になっていたことを思い出した。
「そうでしたね。シリウス、貴方の目から見て、マルティオ・ルイーゼとはどのような人物でしょうか?」
リーゼロッテがシリウスに問い、シリウスが考え込むように下を向く。
「……非常に賢い子だとは前々から思っていました。いつも勉強ばかりしている子で、あまり子供っぽさが、ないというか……。ですが、側近の話は、断られるかもしれません」
「どういうことですか?」
「……私の口からは何とも答えられません」
「なぜかしら?」
レニローネが冷たい声で問い詰めるように言葉を放つ。シリウスがレニローネを睨み返しながらも、それに答えた。
「あの家はいろいろと事情があるのです。マルティオ自身がそれを暴かれることを望まないでしょう。ですが、あの子が望むのなら、ここにきてほしいですし、救いたいと私は思っています。それでも、あの子が自分の意志で、話すべきだと思うのです」
シリウスの真剣な表情をレニローネがシリウスをジッと見る。しばらくして、レニローネがハァ、と呆れたように短く口を開いた。
「……そうですか」
「あのぅ、あのぅ……もうすぐ、ファミリア様とのお茶会なのでは……?」
ユティーナのその言葉に皆が慌てて寮を出て、メリアティードの寮に向かった。
メリアティードの寮の入り口にまで着くと、一人の武官がいた。メリアティードの色――空色のローブを纏っている。
「クリスティーネ・ヒサミトラール様でお間違いないでしょうか」
クリスティーネがそれに頷くと、武官は踵を返す。
「ご案内いたします」
武官に客室に案内される。廊下はいろいろな寒色のお花や空色の小物が飾られていた。
「失礼いたします、ファミリア様。クリスティーネ・ヒサミトラール様をご案内いたしました」
「ありがとう。入れて差し上げてください」
武官が扉を開けてくれて、クリスティーネたちは客室の中にはいった。
客室の中は廊下より豪華に小物や花が飾られていて、とても華やかだ。
そして、椅子に座っていらっしゃるのが、ファミリア・メリアティードだろう。ふわふわとした感じの雰囲気で、優しそうだ。でも、領主一族なだけあって、堂々とした立ち居振る舞いでもある。
「ごきげんよう。ご足労いただき、ありがとう存じます」
「こちらこそ、ご招待ありがとう存じます」
席を勧められ、クリスティーネは椅子に座った。レニローネが後ろに控え、ユティーナとフィリアーネがお茶の準備を始める。
「出会いを喜ばしく存じます。第二領女のファミリア・メリアティードと申します。こうして、お会いできたことを嬉しく思います。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、出会いを喜ばしく存じます。わたくしはヒサミトラールの第二領女、クリスティーネ・ヒサミトラールです。お会いできたこと、光栄に存じます。よろしくお願いいたします、ファミリア様」
……噛まないで言えた。良かった。
クリスティーネはホッと胸をなでおろす。
「試験が終わってから数日もたっていませんのに、来てくださってありがとう存じます、クリスティーネ様。招待状も早く送ってしまって……驚いたでしょう?」
「いいえ。お誘い、とても嬉しかったです」
シリウスやコリスリウトによると、メリアティードの学生はあまり招待状が来ていないし、ファミリアからの招待状を持ってきた人からも、押し付けるような真似はされていないらしい。
少し話していると、フィリアーネと、ファミリアの介添えがお茶を出してくれる。ファミリアが嬉しそうに笑ってお茶の話を始める。
「メリアティードのお茶ですの」
「まぁ、メリアティードの?」
「はい、自慢のお茶です。ぜひ」
メリアティードのお茶は国内でも評判が高く、なんでも茶葉の質がよいらしい。それ故、高級品で、滅多に飲めない。皇族くらいしか日常で飲んでいる人はいないだろう。
「いただきます」
……美味しい!
いつも飲んでいるお茶も美味しいが、これは格段に違う。
「とても美味しいお茶ですね。これは、自慢されるのも分かります」
「そうでしょう?クリスティーネ様にも気に入ってくださって嬉しいです。中央部の春は少し肌寒いので、お茶は温かくて毎日のように飲んでいます」
……肌寒い?
あぁ、そうか。メリアティードはレッフィルシュット皇国内でも、南側の領地だ。春の季節は肌寒いだろう。ヒサミトラールは北の領地なので、中央部はとても暖かく感じる。
「そうですね。ヒサミトラールは北の方の領地ですので、中央部では暖かく感じました」
「北の方ですものね。あ、それでは氷菓子も南の領地の独自なものでしょうか?」
……こおりがし?
「そうかもしれません。聞いたことがありませんわ」
「そうなのですね。氷菓子はその名の通り、氷を使ったお菓子であることが多いです。氷を砕いたものや氷で冷やしたもの……でしょうか」
クリスティーネはなんとなく、想像で氷を砕いたり、果物を凍らせたりしてみた。
……うぅ、固そう。
氷を砕いたところで、氷は大きいし、固い。ずっと口の中に入れておけば冷たいだろうか。
果物の方は冷たくて美味しいだろうか。だが、氷の中に果物を入れたら、口の中で溶けるまでに時間がかかりそうだ。
「お菓子といえば、わたくし、最近お菓子作りを趣味にしていますの」
「お菓子作り?」
……領主一族であるファミリア様がお菓子作りを……?
アイシェはたまに食事を抜かれたり、毒を盛られたりすることがあったので、簡単なものなら作れる。でも、お菓子作りはしたことがなかった。
マリナやフェルーネだってやったことはないと思う。
それくらい、領主一族が料理をすることは珍しい。
「とても……楽しそうですね。何を作っているのですか?」
「……!!始めたばかりの頃は、クッキーを作りました。最近ではマカロンやケーキを作っています。ただ、失敗ばかりでまだ一度も成功していないのです」
「……お菓子作りとはとても難しいのですね。いつもお菓子を作ってくださっている料理人はすごいです」
ファミリアは嬉しそうに何度かコクコクと頷く。
「ファミリア様、もしよろしければ、今度ぜひ一緒にお菓子作りをいたしませんか?」
「え……いいのですか?」
ファミリアは嬉しそうに頬を染めてそう聞く。
……うぅ、可愛い……!
「ぜひ。初心者ですので、ご迷惑をおかけするかもしれませんが……」
「そ、そんなっ!迷惑だなんて!ぜひ、ご一緒させてくださいませ。ご招待しますわ。講義やお茶会の予定もあるでしょうし、予定をすり合わせましょうか。カトレシア、お願いできますか?」
「フィリアーネ、お願いします。シリウスは補佐を」
『かしこまりました』
あえて一年生であるフィリアーネを選んだのは、理由がある。こう言う場合、できるだけ高学年であり、身分が高い者が好ましい。今、リーゼロッテはいないし、レニローネは武官なのであまり推奨はできない。
……リーゼロッテが卒業した後も糧となるだろうし。
クリスティーネはシリウスとフィリアーネを見送りつつ、いい経験になることを祈っておいた。
「そういえば、順位発表を見ました。あのツォルアン様を超えて、1位になるだなんて……クリスティーネ様はとても優秀なのですね。本当に驚きました」
……ツォルアン様って、有名なのかしら?帰ったらお兄様に聞いてみよう。
「ありがとう存じます。たまたまですわ。実技のお勉強もしなければなりませんし……」
「そうですわね。夏季休み後からは実技が始まりますもの。大変です。あぁ、でも、クリスティーネ様は研究魔法を開発なさったのでしょう?杖を隠し持っていたりするのですか?」
ファミリアが冗談っぽく言う。クリスティーネは少しくすくすと笑いながら答えた。
「疑似の杖をご存じですか?その名の通り、杖に真似て作ったものだそうですけれど」
「いいえ、存じませんわ。なぜ、そのようなものを作ったのでしょう?杖があれば十分なのではありませんの?」
クリスティーネは杖より魔力消費量がほんの少し多いこと。疑似の杖を訓練で使うことで、魔力消費を抑えつつ、戦えるようになることなどを説明した。
説明を聞いたファミリアはこてんと首を傾げながら言った。
「とても……難しいお話なのですね」
「……!!」
……なんだか、自慢しているみたいになってないかしら!?いや、絶対になってますよね!?
「も、申し訳ございません。しゃべりすぎました。……えーと、わたくし、実は……親戚が武官でして……それで、少し習っていたのです。……あまり噂を広めたくないので、秘密にしてくださいませ」
クリスティーネはゆっくりと唇に人差し指を当て、眉を下げて微笑む。
弱々しい言い訳だ。信じてもらえるだろうか。いや、あり得ない。見苦しすぎる。
「……っ分かりました」
「え?」
ファミリアはふわりと可愛らしく微笑んで言う。
「お友達のお願いですものっ!秘密です!」
「……おともだち?」
「あっ、ひぇっ、違いましたかっ?」
ファミリアは急に涙目になって、あわあわと慌て出す。
……すごいなぁ、ファミリア様は。
「いいえ。お友達です。……すごく、すごく嬉しいです、ファミリア様」
「はいっ!わたくしも嬉しいですっ、クリスティーネ様!」
こうして、クリスティーネ・ヒサミトラールにとっての、初めてのお友達ができたのだった。
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