VII.というのが、陛下より勅命で
キードゥル93年4月
今日は、先生らとのお茶会だ。
学院長であるティルツィアの部屋へ向かうことになっている。
「行って参ります」
『行ってらっしゃいませ』
留守番の側近たちに見送ってもらい、ティルツィアのお部屋へ向かった。
今日当番の側近はリーゼロッテ、イディエッテ、コリスリウト、ラナだ。
「それにしても、訓練も可能な服装だなんて、驚きですね」
「そうですね。服装を指定されるだなんて、聞いたことがありませんもの」
「きっと、新しい魔法を披露してほしいのだろう」
コリスリウトの言葉に全員が「あぁ、なるほど」と頷く。
……確かに、それなんだろうなぁ。
噂は本当にたくさんの場所に広まっている。昨日のことで、それがよく分かった。
自領だけならばともかく。これだけたくさんの人、そして領地に知られてしまった今、もう否定をして回れるほどの量ではない。
……ハァ……腹をくくるしかないのよね。
「クリスティーネ様、もうすぐ着きますよ。笑顔です」
リーゼロッテにそう声を掛けられ、クリスティーネは表情を引き締めた。
学院長であるティルツィアの部屋は先日試験を受けた貴族学院の本館の三階にある。三階には講義用の部屋や他の先生の部屋があるらしい。
ティルツィアの部屋の前までたどり着いた。
「ヒサミトラールのクリスティーネ様ですね」
「はい」
コリスリウトがそう答え、ティルツィアの介添えの方が扉を開ける。
中に入った。中には、ティルツィア、アウレリア、シュデットの全員がそろっている。
……ちょうどいいタイミング!
貴族学院は、教師と生徒、という境目はあるので、教師の方が立場は上だ。でも、身分の境目を超えられるわけではない。教師は領主一族コース以外、上級貴族か、中級貴族がほとんどだ。皇族や領主一族を敬わなければ、それなりに不敬罪になりえる。
「皆様、ごきげんよう」
「ごきげんよう、クリスティーネ様。どうぞ、お座りになって」
ティルツィアが代表して、挨拶をする。
クリスティーネは座り、後ろに側近が控える。
「ご存じかと思いますが、一応。わたくしはティルツィア・ダウィンと申します。クリスティーネ様の学年を担当いたしますから、これからよろしくお願いいたします」
学院長なだけあって、ティルツィアはきっぱりとしっかりした先生だ。若く見えるが、全教科を教えられる先生なので、学生時代はかなり優秀だったのだろう。
「よろしくお願いいたします、ティルツィア先生」
「わたくしはアウレリア・ヴァルツァーです。音楽と三年生の介添えを担当しております。夏季休み後の実技の試験でもお会いできるでしょうし、これからよろしくお願いいたします」
淡い小麦色の髪をまとめたアウレリアは優しそうな雰囲気の先生だ。
「よろしくお願いいたします、アウレリア先生」
……リーゼロッテはこの先生に教えてもらうのかな。
リーゼロッテは三年生なので、そうだろう。
「私はシュデット・ヴォーラーです。歴史と六年生の文官の担当をしています。あまり関わる機会はございませんが、仲良くしてくださると嬉しく存じます」
六年生の文官――ということはリーシャを教える先生だ。
「よろしくお願いいたします、シュデット先生」
クリスティーネはニコリと微笑んで、それぞれの先生に同じ言葉を返した。
「本日、クリスティーネ様をお誘いしたのは他でもありません」
「えっと……レスツィメーアのこと、ですよね?」
先生全員が頷いた。再び、ティルツィアが話し始める。
「えぇ、それで、クリスティーネ様にはそのレスツィメーアを見せていただきたく存じます」
「……」
「というのが、陛下より勅命で」
……最後にとんでもないことを言われた気が……。
陛下、ということは皇帝か皇后か、そのどちらもか――からの命なのだろう。たとえ、領主一族であっても、断れるわけがない。
「わかり、ました」
クリスティーネたちは貴族学院本館から、武官棟に移動した。
ついたのは武官の訓練場だ。さらっと手続きの場所を過ぎ、スタスタと中に入っていく。
昨日訓練をしたところではなく、試験や他領の学生との合同訓練に使われる訓練場だ。予約を取らないと使えない。
「予約……とっていたのですか?」
「はい、学院長がとってくださいましたよ。座学の順位発表はまだですから、予約もとりやすかったようですね」
アウレリアがほわほわと微笑みながら、そう教えてくれた。
少し倉庫に向かっていたシュデットが疑似の杖を持って戻って来る。
「クリスティーネ様、どうぞ」
「ありがとう存じます、シュデット先生」
礼を言い、シュデットから疑似の杖を受け取った。
ティルツィアがパッと杖を出す。
「あの的に向かって、レスツィメーアを撃ってくださいませ」
「……あ、はい」
撃とうと杖を構えたところで、思い出す。
「何の属性がよろしいですか?」
クリスティーネが首を傾げ、そう言うとティルツィアたちも同じように首を傾げた。
「同じ詠唱で、属性を分けられるのですか?」
クリスティーネがそれに頷くと、顔色を変えた。
「本気でおっしゃっているのですかっ!?」
確かに、同じような〈○○を打つ魔法〉でも、属性によって、詠唱は変わる。言われてみれば、前代未聞かもしれない。
「……とりあえず、光からお願いいたします」
クリスティーネはそれに頷き、杖を的に向ける。
「レスツィメーア」
杖の先に金に光る光の矢が作り出され、杖を振ると、光の矢は的に向かって一直線に飛んでいく。
その光の矢は珍しく、的の赤い部分――真ん中にあたった。当たった瞬間に周りがピカッと白く光る。
……初めて真ん中に当てられた!
クリスティーネはそう心の中で喜ぶ。決して、外には出さないように。
シュデットが「ふむ」と頷いて考えている。
「……クリスティーネ様は命中率も素晴らしいですね」
「クリスティーネ様、次は闇の矢をお願いいたします」
「分かりました。……レスツィメーア」
杖の先に漆黒に輝く闇の矢が作り出される。杖を振ると、闇の矢は的に向かって一直線に飛んでいった。
闇の矢は的の端にあたり、何秒か真っ黒な煙幕がぶわっと広がった。
何かを考えていたシュデットがこちらに声をかける。
「……クリスティーネ様、これは弓矢の変形魔法とはどのような違いがあると考えますか?」
「そう、ですね……。利点としては、力のない令嬢などでも、扱うことができる点でしょうか。他にも、矢に魔力付与をして行うよりも、その属性の効果がより大きくもなります。欠点は命中率が下がることです。弓を使って撃つのと、杖を振るだけで完結するのでは別物ですから」
先生らが「なるほど……」と頷く。アウレリアが顔をあげ、ふわふわと笑って提案した。
「その二つの違いについて、研究してみますか?」
「それはいい考えね、アウレリア」
「そうでしょう?」
ティルツィアがその案に頷いて同意し、アウレリアがニコリと微笑む。
「……あの、研究ですか?」
「はい、アコーフェツィアとレスツィメーアの違いを研究します」
……確かに、特徴を聞くだけでなく、自分の目で見た方がいい。それに、レッフィルシュット皇国としてはできるだけ多くの人がレスツィメーアを使えるようにしなくてはならない。
「わたくしも、協力させてくださいませ」
こうして、貴族学院長ティルツィア・ダウィン、アウレリア・ヴァルツァー、シュデット・ヴォーラー、ヒサミトラールの第二領女クリスティーネ・ヒサミトラールを研究者とし、レスツィメーアを研究することが決定した。
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