V.二度目の試合 前編
キードゥル93年4月
「私も……行っていいかい?」
「……いいと思いますよ」
……お兄様もあまり訓練できてないのでしょうね。
確かに、貴族学院に入ると、訓練場にはあまり行けなくなってしまう。
行きたいのだが、武官たちを遠慮させて、訓練の邪魔をするわけにはいかない。
「では、昼食が終わったら、訓練場に来てください」
「うん、分かった。ありがとう」
ミカエルに手を振り、クリスティーネは昼食を食べ始めた。
昼食を食べ終わって自室に戻ると、リーゼロッテがいた。
「クリスティーネ様、アイリス様から訓練用の衣装をいただいております。早速、それにお召しかえを」
「あら、そうなのですか?では、お願い」
……後でお母様にはお礼をいわなくては。
リーゼロッテに着替えをさせてもらう。
着替えを終え、全身鏡の前に立った。
「とてもよくお似合いです、クリスティーネ様」
「ありがとう、リーゼロッテ」
リーゼロッテはそう言って微笑む。
アイリスが用意していた訓練用の衣装はシンプルなデザインだ。実戦も行う武官よりは装飾があるけど、普段のドレスや制服より、装飾はほとんどない上に、スカートではなく、キュロットタイプとなっている。
「では、参りましょうか」
「えぇ」
自室を出ると、コリスリウトとイディエッテが扉の前で待っていた。
「あら、レニローネはどちらに?」
「先に訓練場に行っています。……イディエッテには任せられないので」
「はい、任せないでください」
「……そうですか」
無表情ながらも、どこか堂々とした表情のイディエッテにクリスティーネは呆れた。
それから、クリスティーネはコリスリウトとイディエッテ、リーゼロッテを伴って、訓練場に向かった。
訓練場につくと、レニローネや他の武官が出迎えてくれる。
「いらっしゃいませ、クリスティーネ様」
「えぇ。……とてもたくさんの方々が集まったのですね……?」
「……あぁ、はい」
クリスティーネが呆れたように言うと、レニローネも少しげんなりした様子で答えた。
よく見ると、青緑色以外のローブを羽織った者もおり、他領からも集まっている。
「どこから聞きつけたのか、他領の武官たちまでやってきたのです。上級貴族も多数いまして、止めたのですけれど……」
「聞かなかったのだな。クリスティーネ様、ミカエル様がいらっしゃらない今、ここは貴女しかいません。お願いします」
「……分かりました」
クリスティーネはゆっくりと深呼吸をする。
……大丈夫、大丈夫。今のわたくしならば、聞いてくれる。
◇◆◇
「……あ、ぁの。お、お願いがっ、あって……」
「……」
「……」
「あの!!」
視線をあげて見えたのは――
怪訝な目。蔑む目。嘲る目。
絶対にアイシェの話に従うことはないし、聞くことすらもしてはくれない。
……あぁ、もう、嫌……。
◇◆◇
……もう、このときのわたくしじゃない。
「注目してくださいませ!!」
クリスティーネは声を張り上げた。こんなに声を張り上げたことはない。
こちらにたくさんの目が向けられた。こんなに緊張することはない。
「他領の者に告げます!ここはヒサミトラールの訓練場です。今すぐに出ていきなさい。それでもここに残ると言うならば、即刻捕らえ、学院長の前へ差し出します」
……うぅ、噛まないで良かった……。
ざわざわと言いながら、他領の者たちが訓練場を出て行った。残ったのは青緑のローブだけ。他領の全員がきちんと言うことを聞いたのだ。
何人かのヒサミトラールの貴族はクリスティーネにお礼を言いにやってくる。
「クリスティーネ様、助かりました。中級貴族である私どもでは何ともできず……ありがとう存じます」
「い、いえ。お役に立てたなら、幸いです。早速始めましょう」
……そういうのって、嬉しい、な。
早速、始めることになった。
コリスリウトから疑似の杖を受け取る。疑似の杖はほぼ同じようなつくりとはいえ、自身で作ったものではない。なので、魔力放出に多少の差が出る。
そのため、魔力を温存して戦うのには最適なのだ。訓練場に何本かは置くようになっている。クリスティーネはそれを借りている。
「どうぞ、クリスティーネ様」
「ありがとう存じます、コリスリウト」
そのとき、ミカエルがやってきた。ミカエルも同じように訓練用の鎧を身に纏っている。
「やぁ、クリスティーネ。間に合ったみたいだね。よかった」
「ごきげんよう、お兄様」
「そういえば、先程この辺に他領の学生がたくさんいたけれど、どうしたんだい?」
どうするべきだろうか。クリスティーネは迷った。
他領の学生がヒサミトラールの訓練場に押し寄せていた、なんて言ったら、ミカエルは怒るだろうし、クリスティーネが脅した内容を実行してしまう。
……よし、誤魔化そう。
「……あら、そうでしたの?気のせいでしょう」
「そうかな……?」
ミカエルは多少怪しんでいるようではあるが、誤魔化せただろう。クリスティーネはほっと安堵の息を吐く。
そうして、やっと訓練が始まった。
用意されている的から一直線上に20メートルほど離れる。そうすると、周りに人が集まった。四十人ほどが集まっているように見える。
……武官の人数ほぼ全員ではないでしょうか?
まだ、クリスティーネは全てを完璧には使いこなせていない。
レスツィメーア――矢を打ち出す魔法だ。
全属性があるクリスティーネには全ての属性を打つことが可能だが、やっとのことで完璧にできるようになったのは光の矢。それ以外は命中率が下がってしまう。
……とりあえず、光の矢だけ。
「レスツィメーア」
疑似の杖を真っ直ぐ前に出し、的に向ける。光の矢を杖の先端付近に生成した。そして、放つ。
金に光る矢は真っ直ぐ飛び、的の赤い真ん中を射抜く。
そのとき、わぁっと歓声が上がった。
「おぉっ!」
「すごい。拝見したことのない魔法ですわ」
「クリスティーネ様は本当に研究魔法を作り出したのですね」
そんな中、イディエッテが近づいてくる。いつも無表情な顔は少しだけ口角をあげ、頬を薔薇色に染めていた。
「クリスティーネ様、素晴らしいです。本当に、凄かったです。今度、ぜひ教えてくださいませ」
「えぇ、喜んで」
「……では、私も!」
「わたくしもお願いいたしますわ!」
どんどんとこちらに四十人近くが押し寄せる。
……どどど、どうしましょう?今、一気にこんな人数は教えられません。
「……え、あのぅ……」
「クリスティーネ。ちょっと待ってて」
近くにいたミカエルはクリスティーネに耳打ちした。
それから、ミカエルは前に一歩踏み出す。
「皆の成績によって定めようかな。総合順位で、上級貴族は30位。中級貴族は60位、下級貴族は90位。それを突破できた者の中から、領主夫妻に選んでもらおう。もちろん、実技も含める」
しんと場が静まり返った。ミカエルが笑顔で言葉を続ける。
「……クリスティーネ、コリスリウトと魔法戦をしてはどうかな?」
「え?」「は?」
クリスティーネとコリスリウトの声が重なる。クリスティーネはお兄様のローブを引っ張った。
「あのぅ、お兄様?何を……」
「他のことに気をそらすのは大事だろう?」
完璧な笑顔で返される。
……う、裏がありそう。
もう仕方ない。ミカエルが宣言してしまった。コリスリウトと目を合わせ、ため息を吐いた。
「やりましょう」
「仕方がありません」
クリスティーネたちは少し広い場所に移動した。疑似の杖を手に取る。
ミカエルに何人かの武官が駆け寄るのが見えた。
「クリスティーネ様とコリスリウト様を戦わせるのですか?流石に危なくないでしょうか……?」
「レッフィルシュット皇国の武官の中でも、学生の騎士としては最強のレベルですよ。大丈夫なのですか?」
「大丈夫。クリスティーネは強いんだよ?あれでも、クリスティーネは一度コリスリウトに勝っているからね」
レニローネが近づいてきた。コリスリウトも後からやってくる。
「クリスティーネ様、これを」
レニローネは手に何かを持っていて、それをクリスティーネに渡してくれる。コリスリウトにも同じものを渡していた。
ブレスレットだろうか。見たところ、魔術具だ。魔術式も刻まれている。保護の魔法だ。丸い金色の石がついている。色は淡かったり、濃かったりといろいろだ。
「これは……何ですか?」
「これは魔術具の一種で、結界魔法を応用したものです」
どうやらこれは訓練で模擬戦を行うときに使うものらしい。体に結界を張り、魔力の薄い壁ができる。それが壊れたら終わりらしい。
……前戦ったときは子供だけの小さな戦いだったから、使っていなかったのね。
「これに魔力を込めておいてくださいませ」
「分かりました」
魔力を込めると、薄い結界が体を覆う。コリスリウトも発動したようだ。
少し意識を集中させると、体が透明の淡い赤の魔力に覆われているのが分かった。
「そろそろ、始めようか。レンリトル、審判をお願いするよ」
レンリトルが頷く。クリスティーネたちは位置に着いた。
それを確認し、レンリトルは声を張る。
「クリスティーネ・ヒサミトラール対コリスリウト・アレクサンド」
「始めっ!!」
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