IV.この光景、前にも見たような……

キードゥル93年4月


「おはよう存じます、コリスリウト、シリウス」


クリスティーネは朝の準備を済ませ、コリスリウトとシリウスを部屋の中に入れた。

中に入ってきたコリスリウトとシリウスが紙束を持っている。シリウスの方が多い。書類だろうか。


「あの、これ、お茶会への招待状です」

「え?」


コリスリウトとシリウスが机の上に招待状をドサッと置く。女性側近には届いていなかったから、そういうものなのかと思っていた。だが、男性側近に被害がいっているようだ。


……この光景。既視感が……。


いつぞやの社交デビューの後と同じ光景だ。


「この光景、前にも見たような……」

「誰からですか……?」

「……先生から生徒まで様々ですよ。私は下級貴族なので、余計に押し付けられました」


申し訳ない。申し訳ない。

嫌味を言ったつもりはないシリウスは「ち、違います。嫌味じゃないです!」と反論してくれた。


……優しい。


そんなオロオロとしているシリウスを放って、ラナがコリスリウトに冷静に問う。


「自領の貴族からは届いていますか?」

「一部からは届いている」

「……後で、釘を刺さなくては」

「……とりあえずは、分別ですよね」


リーゼロッテの一言で、招待状の分別が始まった。

領主一族であるクリスティーネ断ってもあまり歯が立たない、上級貴族以下は無視し、領主一族と先生方の招待を受けることにした。


残ったのは四通。一つ目は第一領子、ジェラルド・ノルシュットル様。二年生。

二つ目は第二領女、ファミリア・メリアティード様。一年生。

三つ目は第四領女、メルカルア・サンディトルズ様。四年生。その他上級貴族。リーゼロッテなど、ヒサミトラールの上級貴族も誘われているらしい。大人数になりそうだ。

四つ目は学院長、ティルツィア先生。音楽担当、アウレリア先生。そして、歴史担当、シュデット先生だ。


……試験の順位が発表される前に、いろいろなお茶会が詰め込まれたなぁ。


だが、挫ける訳にはいかない。

毎日が充実している。楽しくて、楽しくてたまらない。

時折、エミリエールのことを忘れそうにもなる。

それでも、復讐を諦めるわけじゃない。


……ちゃんと、それだけは達成しないと。だって、わたくしは、そのためだけに生まれ変わったのだから。


「あのぅ、あのぅ……もうすぐ、試験の時間なのでは……?」


ユティーナのその言葉にハッとした全員は急いで、試験会場に向かった。

レニローネとフィリアーネと会場に向かう。レニローネは護衛だ。


試験会場につくと、急いでレニローネがもと来た道を戻っていく。

試験会場は学年ごとに分かれている。

レニローネ・ライゼングは五年生。会場は一年生、二年生と円形に続いていく。五年生は反対側なのだ。


……申し訳ないなぁ……。


「レニローネ、ついてきてくれてありがとう存じます。試験頑張ってくださいね」

「はい。クリスティーネ様も、フィリアーネも。迎えに来ますので、試験が終わっても、お部屋を出ないようにお願いいたします」


レニローネに軽く手を振る。フィリアーネに「中に入りましょうか」と言って、中に入った。

新入式の会場の二分の一ほどの広さがある。

わたくしたちはヒサミトラールの布がかかった椅子に座った。


「遅かったのですね」


いそいそと座ったクリスティーネたちにヘンリックが淡々と声をかける。一年生にしては落ち着いている。流石、ミカエルの側近に選ばれるだけのことはある。


「ミカエル様は朝に会えず、心配していらっしゃいましたよ」


……その表情は、頭に思い浮かびますね……。


「ご心配をおかけしました、とお伝えくださる?昼食時には会えると思います」

「承知いたしました」


しばらくして、試験が始まった。試験科目は算術、歴史、地理、音楽、神術、魔術だ。音楽と魔術、芸術は夏季休み後に実技もある。


「それでは、始めてくださいませ」


ティルツィアがそう言った。


キードゥル93年度入学の担当教師はティルツィア・ダウィンだったらしい。全ての科目を教えることができる教師だ。


クリスティーネはアイシェの時にもやっているので、特に問題はない。

四刻半ほどの試験を行った。一応、クリスティーネは毎日体力づくりに励んでいたおかげで疲れはするが、マシな方だろう。フィリアーネや奥の方にいるヒサミトラールの生徒も疲れている。

クリスティーネは、労いの言葉をかけることにした。


「お疲れ様です、皆様。今日はゆっくりと休んでくださいまし」


先生方が、試験の採点を行っている間、わたくしたちは社交の時間だ。

試験の二日後に、ノルシュットルの第一領子――ジェラルド・ノルシュットル様とのお茶会が入っている。


……ここからは、忙しくなりそう。


「あの、クリスティーネ様」


試験が終わった次の日。珍しく、イディエッテが話しかけてくる。無表情に見えるが、何だかうずうずと浮足立っている。


「研究魔法を開発したって、本当ですか」


その声を聞き、レニローネとコリスリウトも集まってくる。


「け、研究魔法じゃないです。応用しただけなんですぅ……っ」

「ヒサミトラールの第二領女、クリスティーネ・ヒサミトラールがレスツィメーアを開発した、というのは最近では……とても有名な噂ですよ」

「へぅっ!?」


レニローネにそう言われ、クリスティーネは驚きのあまり変な声を出してしまった。


……なんでそんなことに!?


「ヒサミトラール領主がそう報告したのでしょうね」


コリスリウトの一言で気付く。

クリスティーネがレトルートやアイリスに報告したのだ。


……うぅ、エリザベッタを恨みたい。


流石に八つ当たりなので、やめておくが。


「あの、話を戻していいですか」


イディエッテに淡々とそう言われて、クリスティーネは続きを促す。


「その、応用魔法?を見せてほしいのです」

「それはいい案だな。武官にとって最新の魔法について知るのは大事だし」

「そうですね。わたくしも、他領の友人から尋ねられましたし、ぜひ見てみたいです」


武官三人から口々に言われてクリスティーネは断ることなんてできなかった。


「では、昼食後に訓練場で」


……うぅ、研究魔法なんかじゃないのにぃ。


◇◆◇


「ん?訓練場に行くの、クリスティーネ?」

「はい、皆から言われて……。まぁ、昨日も今日も訓練できていないので、別にいいのですけれどね」

「ふぅん」


クリスティーネがミカエルにそう報告すると、ミカエルは少し考えてから、笑って言った。


「私も……行っていいかい?」

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