III.側近と新入式
キードゥル93年4月
数時間、クリスティーネは馬車に乗った。
貴族学院についた。
……久しぶりだなぁ。
「ごきげんよう、クリスティーネ様。貴族学院にようこそいらっしゃいました」
案内役の上級貴族の女の子に部屋を案内してもらう。コリスリウトは男性なので、男性禁止の女子寮には入れない。
「クリスティーネ様のお部屋はこちらです」
連れて来てくれた上級貴族の女の子に礼を言って、部屋に入った。
……ヒサミトラールの寮はエミリエールの寮とは雰囲気が違うなぁ。
「これが、名簿だそうです」
フィリアーネに木札を手渡される。貴族学院の子らの名簿で、学年、前年の成績などが全て記録されている。
目を通していくと、コンコンとノックがなった。
許可を出すと、フィリアーネが扉を開ける。
入ってきたのはコリスリウトだ。彼は今年から貴族学院五年生である。
「コリスリウト、準備は終わったのね?」
「……えぇ。側近決めは順調ですか?」
「先程始めたところよ。貴方から、推薦はあるかしら?」
そう尋ねると、コリスリウトは少し考え込む。
しばらくして、案を出してくれた。
「リーゼロッテ・ショミトール。ラナ・ヴァソール。レニローネ・ライゼング。といったところでしょうか」
「そうね……。イディエッテはどう?」
「……実技に関しては文句なしの成績です。ですが、座学が……」
コリスリウトが言いにくそうに眉をひそめ、言葉を詰まらせる。
武官は他のコースと比べて座学が少ない傾向がある。武官に座学が必要ないとまでは言わないが、他と比べて、少々成績が悪くても問題ないのが武官コースだ。
「実技に関して問題がないならば、大丈夫だと思うわ。少しずつ慣れさせていくべきね」
「……かしこまりました」
……あとは介添えと文官かしら?
介添えを二人で回すのは大変だ。アイシェの頃ならば、基本できることはやっていたし、お茶会のお誘いなども身内しかなかった。
だが、今は違う。領主一族としてお茶会はそれなりにあるし、クリスティーネの体は朝が苦手だ。朝早起きして、一人で準備できる自信はない。
文官が一人しかいないのも言わずもがな。ラナは成績表をみる限り、順位は満点ばかりで上位の優秀者だ。だが、領主一族の側近の仕事は一人でできることではない。
「……シリウスとユティーナはどうかしら?」
「……下級貴族では?」
……この際、身分とかどうでもいいと思うんですけどね。
変なことをしない子なら、誰でもいい。できれば、嫌われたくない、そう思っているが。ユティーナとシリウスは初対面でも、好印象だし。
そのとき、あの言葉が脳内で再生される。可愛らしい幼女の声だ。
『味方が少なくて、笑顔で近づいてくる奴らが少ない分、笑顔で健気な子を演じたわたしに信用の度合いが大きいんですよぅ』
まさにそうだ。意識していなくても、怪訝な顔をしない、笑顔で近づいてくる人はすぐ信用してしまう。貴族は表情を隠すのが上手だ。クリスティーネはそうじゃないし、それを見破るのも、得意じゃない。
……これからは、そう言う人が増えてくる。ちゃんとできるようにしないと。
しばらく黙りこくってしまったクリスティーネにコリスリウトが声をかける。
「どうかしたんですか?」
「……いえ。あの、一度側近に加えてみるのはどうでしょう?側近候補にするのでもいいのですけれど。他に案はないでしょう?」
コリスリウトは「うぐっ」と変な顔をする。そのとき、フィリアーネが手を挙げた。
「あの、何も状況は変わらないんですけれど、リーシャ・ドティフ・ハワード様はどうでしょう?文官の特別科で、ヒサミトラール内での魔術具作りでは有名だそうですよ」
「いいですね。リーシャを採用しましょう」
リーシャはイディエッテとよく似た成績で、実技に関してはほぼ満点だが、座学は平均かそれより少し下といったところだ。
「フィリアーネ、貴女はユティーナとシリウスを側近に入れることに関してどう思いますか?」
「下級貴族とはいっても、領主夫妻がお褒めになるほどに、成績は優秀なのでしょう?なら、全く問題ないとわたくしは思います」
「待て。伯父上たちが褒めていたのか?」
「えぇ、ほとんどの中級貴族と一部の上級貴族を抜くほどの成績です」
基本的に、順位は上級、中級、下級と続く。優秀な教師や教材を変えないことが多いからだ。でも、ユティーナとシリウスは大多数の中級貴族の順位が乗る上を行き、更には一部の上級貴族を抜かしているのだ。
「……なら、いいんじゃないですか?不審だったらすぐに解任してもらいますけれどね」
……これで、側近決めは終了だね。
コリスリウトとフィリアーネが側近への打診をしに、部屋を出ていった。
厳重に「外に出るな」と注意されたので部屋の外には出ないでおく。後になったときに怖い。
報告書である木札に、側近になる者の名を書き連ねておいた。
【コリスリウト・アレクサンド 上級武官五年生
イディエッテ・ショミトール 上級武官四年生
レニローネ・ライゼング 上級武官五年生
ラナ・ヴァソール 上級文官七年生
リーシャ・ドティフ・ハワード 中級文官六年生
シリウス・スティーネル 下級文官二年生
リーゼロッテ・ショミトール 上級介添え三年生
フィリアーネ・シェジョルナ 中級介添え一年生
ユティーナ・ヴリーネ 下級介添え二年生】
書いているうちに、フィリアーネとコリスリウトが全員を引き連れて、戻ってくる。
「側近を連れてきてきました」
「全員に承諾をいただきましたよ」
「そう。ありがとう、フィリアーネ、コリスリウト」
ぞろぞろとお部屋に入ってきて、順番に並ぶ。最初はイディエッテとリーゼロッテだった。
「クリスティーネ様、側近に選んでくださり、ありがとう存じます。お姉様共々、精一杯頑張って参りますので、よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします」
リーゼロッテがニコリと微笑んでそう言い、イディエッテが無表情で珍しく口を開いた。
次はラナとレニローネだ。
ラナは葡萄色の髪に群青色の女の子だ。成人にも見えるくらい大人びている。
レニローネは勿忘草色の髪に青色の瞳の女の子。見た目の通り、しっかりしている子だ。
「クリスティーネ様、側近に選んでいただき、光栄です」
「これから、よろしくお願いいたします」
次はリーシャだ。豪奢な桃色の髪につり目の灰色の瞳の女の子。背丈は低めで、リーゼロッテと同じくらいだ。
「クリスティーネ様、側近にしていただけるだなんて、こんなに嬉しいことはございませんわ。選ばれたからにはわたくしはクリスティーネ様の必ずご期待に添えましょう」
最後はユティーナとシリウスだ。ユティーナがオドオドとした様子だし、シリウスも少し緊張しているように見える。
「あの、わたくしたちなんかを側近にしていただいて、よろしいのですか?」
「そうです。お言葉は本当に光栄なのですし、前にもお褒めいただいて嬉しい限りですが、私たちは下級貴族です」
シリウスが真剣にこちらを見る。側近になるかどうか、それは身分に関係なく、重要な問題だ。仕えることを望まれ、それに応えるのか、拒むのか。誰を主にするか。
主の言動によって、側近も同列にみられることだってある。ヤドハロートやローゼットがそうなっているのを見たことがあった。
「これはわたくしが望んだことです。下級貴族が側近になる例は稀で、苦労を掛けることになるでしょう。貴方たちが望まないならば、わたくしは強制しません。ですが、望んでくれるのならば、わたくしは喜んでそれに応えたいと思っています」
ユティーナとシリウスは揃って驚きに口を開ける。
その後、ニコリと微笑んで、二人は言った。
『かしこまりました。よろしくお願いいたします』
こうして、側近が決まった。
……これから、にぎやかになりそうだなぁ。
この後は新入式だ。参加するのは教師らと新入生。そして、その側近くらいである。
混んでいる中に行くのも面倒なので、クリスティーネたちは早めに寮を出て、貴族学院の本館に向かった。
ついている側近はレニローネとイディエッテ、フィリアーネだ。
……懐かしいなぁ。
講義や試験の度、歩いた道だ。
そうして、広場につく。中にはまばらに人がいた。広場は広く、一領地――約八千人全員が入るくらいとされている。奥が舞台になっていて、そこは床が高い。そこから手前には長椅子が置かれている。そこは新入生が座る席となっている。そこからさらに手前には特に何もおかれておらず、一部の教師や側近たちが立っている場所だ。
イディエッテとレニローネと別れ、フィリアーネと椅子に向かう。ヒサミトラールは前から十番目の椅子だ。ヒサミトラールの中で先についていたのはフィオナとマルティオだ。
クリスティーネの姿を見て、パッと顔を綻ばせ、フィオナが声をあげる。
「あら、クリスティーネ様ではありませんか!早めに来られるだなんて、真面目ですのね」
フィオナの言葉に微笑みつつ、クリスティーネとフィリアーネは座った。フィリアーネがフィオナ側で、クリスティーネは一番端だ。挨拶があるので、こういう順番になる。
「クリスティーネ様っ、クリスティーネ様っ」
フィオナが必死に声をかけてくる。そんなに側近になりたいのだろうか。そういう風に取り入りたい貴族は山ほどいる。
笑顔で近付く者とはいっても、これは流石に分かりやすい。
「フィオナ様、周りにもだんだん人が集まっていますし、少しご迷惑になるのではありませんか?」
周りの領地も人が埋まり始めたところで、フィリアーネがそういった。注意されたフィオナは先程の笑顔とは打って変わって、露骨に嫌悪を顔に出す。
「…………中級貴族ごときが上級貴族のわたくしに指図しないでいただける、フィリアーネ・シェジョルナ?」
「……っ!!」
上級貴族の娘であるフィオナに命じられれば、上級に近いとはいえ、中級貴族の娘であるフィリアーネは逆らえない。
……身分の差。
「フィオナ、そこまでです。フィリアーネの言う通りです。貴女が迷惑をかけているのですよ」
フィリアーネを見ていたフィオナが目を見開いた。しばらくして、悔しそうに俯き、呟くように口を開く。
「…………かしこまりました」
そのとき、フィリアーネとフィオナの間にヘンリックがドンッと腰かける。全く以て、知らん顔だ。
……肝が据わっていらっしゃることで。
こうして、新入式が始まった。前の舞台にお立ちになっているのは、皇族であるフィーネ・レッフィルシュットだ。他には学院長であるティルツィア・ダウィンもいらっしゃる。
ティルツィアは揃っていない領地がないかを確認し、全体を見回す。
「これより、キードゥル93年新入式を始める。まず、アードリスディッテ。ツォルアン、―――――」
ティルツィアに名前を呼ばれていった。
「ゲサイリーア。――――」
……次だ。
「次はヒサミトラールですね」
「えぇ、緊張するわね」
「……ヒサミトラール。クリスティーネ、フィリアーネ、ヘンリック、フィオナ、オットー、メリッサル、マルティオ」
全員言われると、クリスティーネは立ち上がり、ティルツィアのところへ向かう。舞台への階段を上った。
「クリスティーネ属する、ヒサミトラールの一年生は貴族学院で様々なことを学び、お互いを高めあい、助け合う日々を過ごすことを誓います」
魔力を細かく刻み、それをティルツィアへ送る。ティルツィアはそれを見て、ふわりと微笑む。
「ヒサミトラール一同、貴方たちのお誓いは確かに受け取りました。戻ってくださいませ、クリスティーネ様」
そして、コツコツと自分の席に戻る。緊張感からの解放と安堵。それを表に出さないように作り笑顔を完璧に作る。
……結構緊張した……。
実はアイシェのときはやっていない。エミリエールの評判が下がるらしく、上級貴族が代わりにやっていた。当時はまだ他領にそれほど噂が流れていなかったので、周りは少々ざわついていた。
「クリスティーネ様、素晴らしかったですよ」
「ありがとう、フィリアーネ」
こんな感じで後の領地もやっていく。
「最後に、ウェートス。リア、――――」
リアのお言葉が終わり、ティルツィア先生が下がり、代わりにフィーネが前に出てくる。皇族らしい遠く響く高い声で言った。
「新入生の皆に、〈栄光の女神〉ウィートゥキャンデのご加護があらんことを!」
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