II.魔法訓練と出発
キードゥル93年4月
「ヒェーログラシ!」
クリスティーネの持つ疑似の杖から腕くらいの大きさの氷が三つほど飛んでいく。
ドン!ドン!ドン!と音を立てて、三つの的に正確に当たった。
……やっと、的に当たったっ……!
実は、先程からずっと同じ魔法を繰り返していた。春なのにもかかわらず、的の周りの葉先が凍った植物ばかりになっている。春の暖かさで、だんだん溶けてきてはいるが。
「お疲れ様です、クリスティーネ様」
「えぇ、ありがとう、フィリアーネ」
フィリアーネに水筒を手渡される。水筒を開け、ゴクゴクと飲んだ。
……生き返る、すごく。
水筒はテーブルに置き、クリスティーネは顎に手を置いて考える。
「次は……アレ、やろうかな」
「お姉様っ!」
そう呼んだのはリュードゥライナだった。今日はいつもハーフツインにしている金髪をツインテールに結っている。後ろには仮介添えのエリザベッタがついてきていた。それと、エリザベッタの娘であり、リュードゥライナの側近候補のイザベリアもいる。
「おはよう存じます。今日もカッコイイですわ、お姉様」
「えぇ、ありがとう。今日はツインテールにしているのね。とても似合っているわ。リュードゥライナはどうしてこちらに?」
「え、似合ってますか?ありがとう存じます!あ、えっとですね。今日からわたくしも魔法の訓練を頑張ってみようかと思いまして」
女性の領主一族は武官と違って、訓練をする人なんてほとんどいない。殿方はそれなりにいるけれど、領女や領主夫人が前線に立った、とか強い、とかそんな話はほとんど聞かない。あっても、武を尊ぶ領地であるウェートスくらいのものだ。
「なんで、急に?」
「わたくしもお姉様のようになりたいのです」
とても可愛い笑顔でそういうリュードゥライナ。これがアイシェだったら、こんなことは言われないだろう。
……駄目!そんなこと考えない!
エミリエールに関する記憶を今は抹消する。思い出すのは、今ではないのだから。
すると、リュードゥライナが言葉を続けた。
「ですから、お姉様がやっていた訓練をわたくしもやりたくて……。魔石は持ってきてもらいました!」
リュードゥライナが後ろを振り向く。そういえば、エリザベッタは茶色の鞄を肩にかけている。中から、ゴリゴリッという石が擦れる音がした。
「え、その中身は……?」
「魔石です、全て」
リュードゥライナではなく、エリザベッタが無心でそう答える。小さめの鞄だが、魔石を詰めるとなれば、結構重いだろう。
「エリザベッタ、荷物はテーブルにおいてください。リュードゥライナ、魔石は一つか、二つしか必要ないです」
「え!?無駄、でしたね……。エリザベッタ、持ってきてくれてありがとう。ごめんね」
エリザベッタは「いえ」と短くそれだけ言うと、テーブルに鞄を置く。リュードゥライナがその中から、魔石を一つ取り出した。
「あの、お姉様。まず何から始めればいいですか?」
「まずは……魔石に魔力を込めて、それを抜くの。それができたら、魔石から魔石に魔力を移動させる」
「分かりました。やってみます。お姉様は先程続きをしていてくださいませ。お姉様のお時間を奪うわけには参りませんもの」
リュードゥライナの方も気になったが、クリスティーネはコクリと頷き、疑似の杖をもって再び的の前に構えた。
その間、フィリアーネがリュードゥライナに話しかける。
「リュードゥライナ様、わたくしは魔石から魔石に魔力を移すのをやっているのです。一緒に頑張りましょう」
「そうなのね。イザベリアもやりましょう?皆でやった方が楽しいわ」
「はいっ」
そんな会話をしている間、エリザベッタだけはじっとクリスティーネを見ていた。
……次は、レスツィメーアをしよう。
クリスティーネは紫の瞳を閉じ、的に狙いを定める。この魔法は扱いが難しく、正確に的に当てるのは至難の業だ。
「レスツィメーア!」
太陽に照らされて金に光る矢が高く上げた杖の上に現れる。杖を勢いよく振ると、矢がすばやく的に向かって飛んでいく。
結果、的には当たらず、奥の凍った植物を貫通した。
「キャウッ!」
「へ?」
動物か、魔獣の鳴き声だろうか?近づくと、角のはえた猫のような魔獣が光の矢に刺さって、バタリと倒れていた。死んでいる。足の先からボロボロと体が崩れ始める。
……消滅が遅い。この大きさの魔獣ならもっと、早いはず。もしかして……?
「……どうかなさったのですか?」
エリザベッタが声を上げる。その声につられて、フィリアーネやリュードゥライナ、イザベリアも近づいてくる。
「えっと、たまたま魔獣に当たったらしくて」
「これは……屍体魔獣(したいまじゅう)かしら?」
『したいまじゅう?』
リュードゥライナとイザベリア、そして、フィリアーネが「何です、それ?」といわんばかりにエリザベッタを見上げる。
屍体魔獣(したいまじゅう)とは、元々動物だった死骸に〈魔分子〉と呼ばれるものが感染したものだ。それは人間にも応用できる。この星が創造され、神、人間、動物に別れだした頃、〈混乱の女神〉ルティスレーディアがこの世界に放ったウイルスらしい。それに感染したウイルスは自由に体を操れる。その末裔が今いる魔獣や魔族のほぼ百パーセントを占めているのだ。ウイルスはもうこの世界にはいない。
そんな感じで、エリザベッタが三人に説明する。
……じゃあ、なんでここに?
「そんなことがあったんですね」
「そうね。勉強になったわ」
そう言って話しているとイザベリアとリュードゥライナ。エリザベッタはそんな二人を放って、クリスティーネの方を見る。
……怖い。
エリザベッタは口角をあげて、クリスティーネに向けて視線を下げる。
「クリスティーネ様。あの魔法は何でしょう?」
「へ?」
「見たところ、光を付与した矢に見えますが。疑似の杖では武器への変形はできないはずですもの」
「……」
「もう一度、見せていただいても、よろしいですよね?」
黙りこくるクリスティーネにエリザベッタが詰め寄り、クリスティーネ了承せざるを得なかった。
リュードゥライナ、イザベリア、フィリアーネ。そして、エリザベッタ。全員が見ている中、まだ使いこなせていない魔法を披露することになってしまった。
クリスティーネは戸惑いつつも、疑似の杖を振るう。
「レスツィメーア」
疑似の杖の上に金に輝く矢がでてきて、的に向かって飛んでいく。今度は的の少し手前で地面に刺さった。
……やっぱり、当たらないなぁ。
「クリスティーネ様……これは、研究魔法ですよね?」
「ち、違いますっ!これは、ロレスディーアをちょっっと応用しただけ、です!」
レスツィメーア。ロレスディーアからの応用を用いて作った魔法だ。
本来は杖を変形させて、弓矢を出す。それに魔力付与をすることは可能だし、やる人もままいる。例えば、火の魔力を付与して、当たったら爆発させるようにしたり、花の魔力を付与すれば、毒の矢になったり。他にもいろいろある。
でも、レスツィメーアは魔力のそのものから矢を作る。もちろん、変形魔法も魔力から変形させているが、あれは元々杖だ。神聖なものとはいえ、全てが魔力で作られているわけではない。
無論、クリスティーネ以外の他人から見れば、研究魔法以外の何物でもない。
「今日中に、領主夫妻に報告することを推進いたします。これは、ロレスディーアとは全くの別物です」
エリザベッタは溜め息を吐きつつ、呆れてそう言った。
◇◆◇
「戻りましたか、クリスティーネ様、フィリアーネ」
「只今戻りました、フィルオーナ」
お部屋に戻ると、フィルオーナが荷物を運び終えたところだったらしい。
フィルオーナも今日で仮介添えという立場が終わり、アイリスの側近に戻る。とても残念だ。
「あの、フィルオーナ。今日中に、お母様とお父様に報告して欲しいことがあるのです。別に、今日であれば、時間は問いません。木札を書くので、少し待っていてくださいませ」
「……かしこまりました」
机から木札二枚と羽根ペンを取り出し、木札に文字を書いていく。
横から、フィルオーナが首を傾げる。
「急に、何を報告するのですか?」
「えっと……応用魔法についてです」
「クリスティーネ様、それでは説明が足りませんよ。本日、リュードゥライナ様がいらっしゃっいました。その過程でエリザベッタ様がクリスティーネ様は研究魔法を作った、と。なので、今日中に報告した方がよいとおっしゃっていました」
フィルオーナが顎に手を当て、「なるほど……」と考えている。
「いつの間に、そんなものを開発したのですか?どんなものなのです?」
フィルオーナは最近の魔力訓練に付いてきていない。基本クリスティーネに付くのはフィリアーネだったのだ。なので、最近クリスティーネがやっていることを知らない。
木札に報告を書いていて返事ができないクリスティーネの代わりにフィリアーネがフィルオーナの問いに答える。
「えっと、レスツィメーア。光の矢を作る魔法、だと思います。ですが、クリスティーネ様はただロレスディーアを応用しただけだと言い張るのです」
フィリアーネの属性は風と花だ。光の属性は持っていない。専門外だし、まだ魔法を使ったこともないような年齢だ。それなのに一生懸命に説明してくれている。
……ありがたい。それに、わたくしなら、専門外のことは「他の方にお聞きください」って丸投げしそうだ。いや、多分する。
「……なるほど。それはもう少し前から報告するべきでしたね。何も、数十分後には貴族学院に出発するといいますのに」
「うぅ、それに関しては返す言葉もないです……」
報告書を書き終え、もう一枚の木札に手を伸ばす。それに気づいたフィリアーネが声をかけてきた。
「そちらの木札には何を書くのですか?」
「リュードゥライナへの魔力訓練の目次よ。これがあった方が楽だろうから」
リュードゥライナへの木札も書き終え、フィルオーナに預けて、制服に着替える。
それから、クリスティーネたちは馬車に向かった。
◇◆◇
「クリスティーネ!」
「お兄様、ごきげんよう」
馬車に向かうと、ミカエルがいた。後ろには何人かの側近――クリスティーネと同い年のヘンリックや従兄のレンリトルもいる。他に、コリスリウトもいた。
「コリスリウト、どうしてこちらに?」
「貴女のために決まっているでしょう。護衛くらいつけてください」
「……考えたこともなかったわ」
……側近にはまだなっていないのに、護衛をつけるなんて発想、全くありませんでした。
「とりあえず、わたくしのために来てくれたのよね。ありがとう存じます、コリスリウト」
しばらくして、アイリスやレトルート、リュードゥライナが集まった。
「クリスティーネ、頑張ってね。クリスティーネのことだから、心配はしていないけれどね」
「ありがとう存じます、お母様」
「実技に関しても頑張るように。良い結果が出ることを期待している。ただ、体調だけは崩さぬようにな」
「はい、ご心配ありがとう存じます、お父様」
「お姉様、わたくしも座学のお勉強も魔法のお勉強も頑張るので、お姉様も頑張ってくださいませ。お土産話、楽しみに待っております」
「えぇ、応援しているわ、リュードゥライナ」
そうやって話しているうちに荷物運びが終わったようだ。
「では、行こうか、クリスティーネ」
「はい、お兄様」
クリスティーネたちはローブを翻し馬車に向かって、歩き出した。
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